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すべてがちょうどよかった街、新小岩

著: 玉置 豊

今から16年くらい前、24歳で一人暮らしを始めて、32歳まで住んでいたのが新小岩だった。別に縁があった訳でもなく、新小岩である必要は特になかったのだが、あの時の自分にまた戻ったとしても、やっぱり新小岩の街に住みたいと思う。


新小岩を選んだ理由

新小岩の前は埼玉県東南部にある実家に住んでいて、勤務先は五反田にあるウェブサイトの制作会社だった。そこから飯田橋にあるクライアント先へと毎日のように顔を出さなければいけない状況が続き、少しでも移動の負担を減らそうと、一人暮らしの住まいを探すことにしたのだ。

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▲久しぶりに新小岩まで来てみた。駅の建物が低いので、この写真だと結構な田舎にみえる


住む場所をどこにしようかと、とりあえず路線図を眺めてみる。実家と勤務先とクライアント先の交差する駅といえば秋葉原になるのだが、どうも自分が住む街としてのイメージが湧かない。

そこで狙いを東に移動してみたが、錦糸町界隈はなんとなく怖い気がする(今は素敵な街だと思います)。ならばと、さらに東にある新小岩がちょうどよく思えた。

新小岩なら総武線の各駅も快速も止まるぞと、まだ一度もいったこともない街なのに、ここに住むぞと決めたのだ。

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▲仕事帰りに電車で荒川を越えると、我が町に戻ってきたなと安心をした


アパート探しの思い出

会社が休みの日、とりあえず新小岩駅の近くにあった某不動産会社に入り、一人暮らし用のアパートはないかと聞いてみると、そこのおじさんが運転する車にいきなり乗せられて、駅からだいぶ離れた路地裏の古い木造アパートへと連れてこられた。

「ここでいいだろ、もうここにしろ!」と、強い口調でまくしたてるおじさんの圧がすごい。提示された家賃は予算内だったが、さすがに一発で決めるのはどうかと思って、他も見せてくださいとお願いをすると、おじさんは怒って私を置いて車で帰ってしまった。

まったく土地勘のない場所に置いてきぼりにされて、ここはすごい街だなと気を引き締めたのだった。新小岩には8年くらい住んだが、その経験こそが一番デンジャラスだったと思う。

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▲南口から伸びるルミエール商店街は、往復するだけでも楽しい


その後、懲りずに他の不動産屋を何件かまわって、地域に密着した個人経営の店でみつけた1Kのアパートにめでたく入居をした。当時、契約した不動産屋は家賃を手渡しで納めなければならないルールだったので、毎月一回封筒にお金を入れてそこを訪れていた。

一人も知り合いがいない街だったので、これが地域との唯一の繋がりだった。だからといって、ここの店主が新小岩での父親代わりだったということはまったくなく、世間話もろくにしなかったのだが、そのやりとりが独り立ちをした自分を感じさせてくれるので、ちょっと好きだった。

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▲アパートを見つけた不動産屋。なんとなく物件をみてみたら、当時よりも家賃相場が下がっているように感じた


アパートのエピソード

そのアパートは16.5㎡と狭く、ユニットバスだしガスコンロも1口だったが、2階建ての2階で南向きの角部屋だったので、日当たりがよく住み心地はよかった。なんというか、室内に空気の流れる感じがあったのだ。

場所は新小岩駅の南口ロータリーから右にある、にぎやかな通りを過ぎた先の住宅街で、車の通りも少ない静かな場所だった。ただ住み始めた年の夏、町内会の人が訪れてきて、「盆踊りをするのでちょっとうるさくしますね」と言われたと思ったら、翌日にはベランダの目の前に立派なやぐらが立って、ガラスがビリビリする程に太鼓が打ち鳴らされたのにはびっくりした。

今だったらツイッターで200リツイートくらいされそうな、ほのぼのエピソードである。

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▲こんな感じの路地で、歩道にやぐらを立てて盆踊りが開催されていたのだ


新小岩から新小岩への引越し

そのアパートに5年くらい住んだ後、荷物も増えてちょっと手狭になってきたので、もう少し広い賃貸マンションへと引越した。その引越し先は元の家から100mくらいしか離れていなかったので、手押しの台車に荷物を積んで、20往復位して業者を使わずに引越しを完了させた。

移転先のマンションは築年数こそ古かったが、駅から近くて家賃も手ごろ。5階建ての5階で日当たりはバッチリ。さらにベランダが広く、開放感のある部屋で、内覧をした瞬間に決めた物件だった。

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▲広いベランダを活用して野菜を育てていた。5階だと虫がつかないのでたくさん収穫できた


このように文句なしの物件だったが、1階のテナントがフィリピンパブだった。しかもマンションの中にそこの寮があるようで、エレベーターで陽気なおねえさんたちと一緒になることがあり、「オニイサン、タマニハミセニキテヨー!」なんて誘われたりもした。

当時の私はその状況を面白がっていて、この状況をとっておきの「すべらない話」として大事に使わせてもらっていた。このマンションが気に入り過ぎて、隣の部屋が売りに出たときに、思わず買いそうになった。


飲食店の質が高い

新小岩で好きだった店は、手ごろな値段の飲食店なら、鳥益、でかんしょ、和かさ、こいわ軒、源八船頭あたりだろうか。新規開拓に精を出しつつも、これらの店には定期的に通っていた。

グルメ情報誌で紹介されるような店ではないかもしれないが、どこも間違いのない美味しさで、なんといっても居心地がよかった。

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▲ひと手間かけたツマミがでてくる和かさ


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▲ひさしぶりに新小岩のでかんしょで、昼酒をさせていただいた。たぶんここが一番通った店だと思う


そしてちょっとリッチな食事をしたいときは、焼肉なら雪月花、寿司なら名登利鮨と決めていた。どちらも値段以上の満足感を与えてくれる名店だったと今でも思う。

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▲20代のころに唯一入った、回らない寿司屋の名登利鮨


今回の記事を書くにあたり、久しぶりに新小岩の街を歩いたのだが、ここで名前を挙げた店はどこも健在でうれしかった。

新小岩のすごいところは、これだけの名店がぜんぶ家の近くにあったという密度の濃さだろう。南口の一角だけでこのボリュームなのだから、新小岩全体ならどれだけの名店があるのやら。

もし特定の酒場情報に詳しいライターになりたいという人がいたならば、ぜひ新小岩に移り住み、この地の第一人者になることをお勧めしたい。いつか新小岩ブームがくると10年以上前から睨んでいるのだ。ぜんぜん来る気配はないけどね。

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▲この店は未経験だけど、ものすごく引かれる張り紙だ


髪は床屋で切っていた

誰も興味はないと思うが、せっかくなのでついでに書かせていただく。私が髪を切っていたのはファーストカットという昔ながらの床屋さんだったというのを、その店の前を通って思い出した。

この店はカットだけだと1000円なのだが、特になにもいわなければ、顔剃りと洗髪のある総合調髪という1800円のコースになる。ちなみにパンチパーマは5000円也。

ここでは自分へのご褒美として、というとさすがに大げさだけど、カットではなく総合調髪にしていた。角刈りでもみあげの長いダンディなおじさんに確かな技術で切りそろえてもらい、仕上げに家系ラーメンみたいに「アブラは?」と渋い声で聞かれるのが堪らなかった。ちなみに「整髪料はなにをつけますか?」という意味である。私も3回目くらいでようやくその意味が分かった。

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▲この店の前にきて、一気に当時の記憶がよみがえった


釣り場だけで会う友達ができた

引越してくるまでまったく知らなかったのだが、江戸川と荒川に挟まれた新小岩は川釣りの聖地でもあった。

週末になると釣竿を担いで自転車で河原へと通うようになった私は、そのことを立ち上げたばかりの個人サイトに載せるようになった。まだブログなど無い時代の話である。するとある日、いつもの釣り場で坊主頭の男性が「ネットで釣り情報を書いている人ですよね?」と話しかけてきた。

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▲釣りのエサにするミミズを掘ったり、友人を招いて花見をした新小岩公園


彼は立石から私のサイトをみて釣りに来たそうで、写真に写っていた道具などから私であることを察したのだとか。その後、彼とは一緒に釣竿を出す機会が増えた。別に連絡を取り合って待ち合わせをしていた訳ではなく、今日は釣れそうだなと思った日に釣り場へいくと、かなりの確率で会うのである。

私は彼のことを修行僧と名付けた。坊主頭で痩せていたからだ。河原でしか会わない、何をしているか分からない、本名も知らない友人の誕生である。飲み屋でよく会う人という関係ならありがちだが、釣り場でよく会うという関係性となると、なんだか老後っぽくておかしかった。

その後、どちらからともなく誘い合って海釣りなどにもいくようになり、たまには友人を交えて飲むこともあったのだが、河原以外で会うのはなんだか照れるものがあった。

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▲河原を自転車で走る修行僧の写真が残っていた


私が新小岩から引越して以来、修行僧とは会う機会もめっきり減ったのだが、つい先日、共通の友人の祝いの席で久しぶりの対面をした。

お互いがどこか気恥ずかしく、あえて隣に座ることもせず、込み入った話もしない程度の距離感。最近はめっきり釣りからは遠ざかって、なぜかマラソンに目覚めて、100㎞以上を走る過酷なレースに出ているそうだ。


自転車で干潟にもいった

新小岩からは東京湾の干潟にも、気合を入れれば自転車でいける。いけるといっても10㎞くらいは離れているので、今考えると十分に遠い。それでも当時は週末と大潮が重なるような初夏の日になると、自転車を全力で漕いで干潟を目指した。

海のない埼玉育ちの私にとって、干潟という場所はまるっきり未知の場所であり、とても魅力的な遊び場だった。そこに住むアナジャコという生き物を、ちょっと変わった方法で捕まえるという記事が、私がライターとして書いた記念すべき初仕事だったりする。

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▲干潟で遊んでいた当時の写真。今の私は、この見知らぬおじさんくらいの年齢だろうか


また新小岩は京葉道路や首都高のインターチェンジもすぐ近くにあるので、車で海や山へと行くにも便利な場所だ。アウトドアが大好きで、でも都心から程近い総武線の沿線駅に住む必要がある人には、新小岩はピッタリの街だと思う。この条件に当てはまる人が、世の中に何人いるかは分からないが。

さて、いろいろと書いてみたが、読み返してみるとこれらのエピソードは、新小岩の魅力とはほとんど関係無いような気がしてきた。干潟なんてもっと近い駅はいくらでもあるだろう。

それでもやっぱり私が20代から30代に掛けて過ごす街としては、新小岩がちょうど良かったのだと強く思う。この街に住み、体験したことを個人サイトに書くという経験が、現在のライターとしての礎になっているのは間違いない。

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▲40代となった今の自分こそ、新小岩の街がちょうど良いような気もする


新小岩と言われてピンとこない人も多いと思うが、東京でちょうど良い引っ越し先を探している人は、こっちにも目を向けてみるといい。山手線を挟んで秋葉原の東側には、新宿の西側にも負けない住みやすさが存在するのだ。


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著者:玉置 豊

玉置 豊

趣味は食材の採取とそれを使った冒険スペクタクル料理。週に一度はなにかを捕まえて食べるようにしている。最近は古い家庭用製麺機を使った麺作りが趣味。

Twitter:https://twitter.com/hyouhon
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