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私がこの街を好きな理由 〜下北沢〜

著: SUUMOタウン編集部 

ここ数年、密かなブームとなっているのが「純喫茶巡り」。純喫茶とは、もともとは“アルコール類を提供しない純粋な喫茶店”を指す言葉でしたが、最近は“昭和の風情を残すレトロな喫茶店”のことを総じて「純喫茶」と呼んでいるようです。去年あたりから本格的に注目されるようになり、「CREA」や「散歩の達人」、「男の隠れ家」などさまざまな雑誌で特集が組まれたほか、最近では、純喫茶をテーマに書かれた書籍やムック本も数多く書店に並ぶようになっています。

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【今回お話をうかがった難波里奈さんの著作、『純喫茶へ、1000軒』、『純喫茶、あの味』。初夏には新刊の発売も予定されているとか】

こうした純喫茶ブームの牽引役と言われているのが「純喫茶コレクション」というブログを2008年から書き続けている難波里奈さん(東京喫茶店研究所二代目所長)です。彼女は「マツコの知らない世界」(TBSテレビ系列)、「マツコ&有吉の怒り新党」(テレビ朝日系列)など、テレビの人気トーク番組にも何度か出演したことがあるので、みなさんの中にもトレードマークのベレー帽姿で「純喫茶愛」を語る難波さんの姿を一度は目にしたことのある人もいるのではないでしょうか。

今回は、そんな難波さんに「一度は住んでみたいと思う、お気に入りの街」についてうかがってみることにしました。

これまで訪ね歩いた純喫茶はなんと1700軒以上!

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【難波さんは東京生まれの東京育ち。普段は日本橋の会社に勤務しているが、休日には純喫茶関連のイベントやトークショーにも精力的に出演している】

本題に入る前に、まずは自己紹介を兼ねて、純喫茶に興味を持ったきっかけについてお話ししていただきました。

「もともとは昭和の時代に使用されていたキッチュなデザインが好きで、古い家具や雑貨、洋服を集めていたんです。とはいっても部屋のスペースは限られているため、やがては集めたものたちで溢れ返ってしまいました。段ボール箱にしまい込んだままの家具や雑貨を増やすかわりに、純喫茶の空間を「日替わりの自分の部屋」として楽しもう……と思うようになったのが純喫茶巡りをはじめたきっかけです」

難波さんは、以後、仕事帰りや休日を利用して各地の純喫茶を訪ね歩くようになり、これまでの十数年間に訪れた喫茶店の数は、なんと1700軒以上。年間平均500店を巡っているそうです。

「今、足を運んでおかないと、いずれはなくなってしまうのではないかという不安もあって、多いときには一日に10軒以上の喫茶店をハシゴしたり、わざわざ新幹線や飛行機に乗って地方の純喫茶に出かけるようになっていきました。儚いものや消えゆくものを見ると、どうしても足を運ばずにはいられなくなってしまうのです」

純喫茶と同じくらい音楽が好き

純喫茶巡りを通じて、さまざまな街に足を運ぶようになった難波さんですが、都内ではどんな街に興味を持っているのでしょう?純喫茶が多く残る街である上野や浅草、神田神保町などの名前が語られるのでは、と思いきや、彼女の口からは想定外の答えが返ってきました。

「意外に思われるかもしれませんが、じつは私が一度は住んでみたいと思っている街は「下北沢」なんです」

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【待ち合わせの若者たちでいつも大にぎわいの下北沢の南口駅前】

ゆったりとした時間が流れる純喫茶を愛してやまない難波さんのイメージと、学生を中心とした若者たちの姿で常ににぎわっている下北沢とは、一見結びつかないようにも感じますが、いったい下北沢のどんなところに魅力を感じているのでしょうか?

「下北沢は、大学へ通学していたころに、しょっちゅう途中下車して散策を楽しんでいた思い出深い街。昭和の家具を取り扱っている雑貨屋や古着屋がたくさんあるだけでなく、音楽を感じられる街というのも下北沢を気に入っている理由のひとつです。じつは私は純喫茶と同じくらい音楽も好きで、下北沢のライブハウスに頻繁に足を運んでいたんですよ」

純喫茶同様、音楽に関しても難波さんは、サニーデイ・サービス、くるり、クリープハイプ、ゆらゆら帝国などといったメジャーどころから、コアなインディーズバンドまで、これまでたくさんのバンドのライブに足を運び、多いときには年間200本ものライブを見ていた時期もあるのだとか。

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【ライブハウスでは「Que」や「シェルター」をよく訪れていたそう。社会人になった今も、月に2〜3回はライブに足を運んでいるという】


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【下北沢にはレトロな雑貨を扱うショップも多い。写真は難波さんが好きな「東京レトロa.m.a.store」】


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【サニーデイ・サービスの曽我部恵一さんもお好きだというカレー屋「茄子おやじ」】


「長い間サニーデイ・サービスのファンだった私にとっては、下北沢は特別な場所でもあるんです。サニーデイの「あじさい」という曲のPVには、「いーはとーぼ」という下北沢の喫茶店が使われていますし、「茄子おやじ」というカレー屋さんもサニーディの曽我部恵一さんがお好きだというお店。南口を出てすぐのビルの4階には「CITY COUNTORY CITY」という曽我部さんが経営する中古レコードショップ&カフェもあるんです。かつて曽我部さんとすれ違ったことも。自分の好きな音楽や詩と繋がりが深いと思うと、商店街などのありきたりな風景も、ますます愛おしいものに思えてくるんです」

下北沢とはいったいどんな街なのか?

難波さんの音楽&街談義はまだまだ終わりそうにありませんが、新たに上京した人や、下北沢にあまり馴染みがない人のために、ここで街の概要を簡単に説明しておきましょう。

まず交通の便でいうと、下北沢には小田急線と京王井の頭線の二本が乗り入れていて、急行を利用すれば渋谷まで5分、新宿まで7分、吉祥寺まで12分。どこに出かけるにも超便利なロケーションにあります。「ピーコック」や「オオゼキ」など大手スーパーが駅前にあるほか、個人経営の店が並ぶ商店街も充実しているので、日常の買い物や食事にも不便を感じることはなさそうです。

ちなみにこの街に若者が集まるようになったのは、1970年代初頭。ロックやジャズの店や、中古レコードショップが増え始めたのがきっかけといわれています。1980年代に入ると「本多劇場」や「ザ・スズナリ」など、小劇場も次々にオープンし(現在下北沢には12の劇場がある)、いつのまにか下北沢は、音楽と芝居を中心とした若者のカルチャータウンとして発展。現在は生活する街としてだけでなく、遊びに出かける街としても人気となっています

80年代ごろまでの下北沢はサブカルチャーっぽい香りが漂う、いい意味でクセのある街でしたが、最近は垢抜けたカフェやショップがどんどん増殖し、芝居や音楽にそれほど興味がない人が訪れても、十分楽しめるショッピングタウンへと徐々に変貌しつつあるようです。また現在、下北沢駅周辺は、小田急線の東北沢〜世田谷代田間の地下化工事にともなう再開発工事のまっただ中で、平成30年ごろには線路跡に新しい商業施設や、駅前ロータリーが完成する予定で、今後さらに大きく変貌していくことが予想されます。

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【再開発が進む下北沢駅周辺。かつて開かずの踏切と呼ばれた場所も消滅。新しい駅舎の二階には商業施設もつくられる予定】

学生時代から下北沢を頻繁に訪れていた難波さんも、ここ数年の下北沢の急速な変貌ぶりには驚いているといいます。

「私が学生のころは南口の路地裏に「マサコ」という歴史あるジャズ喫茶があったり、北口を出てすぐのところに戦後の闇市の面影を残す「下北沢駅前食品市場」が広がっていたりと、昭和を感じさせる風景がまだ、あちこちに残っていたのですが、再開発でみんな消えてしまいました。街が綺麗で便利になるのは決して悪いことではないですが、このまま隅々まで明るく照らされた街になってしまうのは個人的にはさみしいですね。湿っぽくて薄暗い空間が少しは残っている街のほうが、落ち着く気がするんですよ。私が純喫茶に魅力を感じるのも、蛍光灯の光に照らされた空間よりも、白熱電球に照らされた薄暗い空間が好きだからなんです。今後、駅周辺はどんどん変わっていきそうですが、できればごちゃごちゃした味わいのある街並みの面影はどこかに残っていて欲しいですね」

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【「下北沢駅前食品市場」の取り壊し工事が進行中で、現在は3分の1程度を残すのみとなった。いずれはこの場所も撤去される運命にあるので、趣のある風景が好きな人は今のうちに足を運ぶべし】

街に流れる空気が、昔の記憶を甦らせる

ところで、一度は住んでみたい街として下北沢を挙げながらも、難波さんは現在は別の街で暮らしているようですが、下北沢に住むことに、なにか不安や不都合を感じているのでしょうか?

「下北沢で暮らすことを空想したこともあるのですが、小田急線や井の頭線はラッシュ時にはかなり込み合うという噂を友人から聞いて断念したんです。それに下北沢は家賃が高くてなかなか条件にあった物件が見つからなそうだと思いました。全国の純喫茶を巡るには資金が必要ですからね(笑)。あまり高い家賃のところは難しいかなと思いました」

確かに難波さんがおっしゃる通り、下北沢の家賃は少々高め。家賃相場はワンルームマンションで7.2万円、2LDKは15.9万円(SUUMO家賃相場 2017年3月27日現在)。築年数の高いアパートの中には6万円代の物件も見つかりますが、人気な街だけあって、なかなか希望にすべて合った物件に巡り会うのは難しいかもしれません。

「ほかには、若者が多すぎて、街に静けさがあまり感じられないというのも下北沢に住む決心がつかなかった理由のひとつです。学生時代なら刺激がたくさんあって楽しそうですが、社会人となった今は、住む街は静かなほうが良さそうなので。そうは言っても、私にとって下北沢はずっと大好きな街ですし、これからも機会があったら一度は住んでみたいと心のどこかで思っているのは確かです。でも下北沢に住んでしまったら、あまりに好きなものに囲まれすぎていて、休みの日も一歩も街から出たくなくなっちゃうかも知れませんね(笑)」

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【約40年の歴史を誇る老舗音楽喫茶「いーはとーぼ」。夜遅い時間にこちらで窓の外を眺めるのが好きです】

下北沢には語り尽くせないほどの思い出やエピソードがあるとおっしゃる難波さんですが、最後にちょっぴり照れながらこんな話をしてくれました。

「学生時代、音楽喫茶「いーはとーぼ」にもよく足を運んでいたのですが、今もふと思い出す甘酸っぱい記憶があります。当時、密かに好意を寄せていた人と二人でこの店で珈琲を飲んでいて、「この人はなんて綺麗な手をしているんだろう」と、カップに添えた指をじっと見つめていた情景だったり……。

空間の持つ力とでもいったらいいのでしょうか。当時と変わらない懐かしい空間に身を置いて、のんびり時間を過ごしていると、いろんなことが思い出されて幸せな気持ちになってくるんです。私が何十年も姿を変えない純喫茶に惹かれるのも、結局は喫茶店という空間の中に、いろんな人がそれまで過ごして来た時間や想いを感じて、気持ちが和むからなんでしょうね」

純喫茶好きである難波さんの口から「お気に入りの街」として下北沢の名前が挙がったのを最初は意外に感じましたが、彼女にとって学生時代の思い出が詰まった下北沢は、街の空間そのものがノスタルジーを感じさせる「純喫茶」のような存在なのかもしれません。

(取材/中村宏覚 撮影/鈴木さや香)

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