銭湯と日本酒が人生をゆるめてくれる山手線の隠れ快適街「大塚」

著: 今井 雄紀 

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2012年5月。ぼくに3つの変化が訪れる。正社員のWEBディレクターからフリーランスの編集者になり、2年半の間同棲していた彼女と別れ、そして、世田谷区三軒茶屋から豊島区北大塚に引越した。



社会人5年目。何者かになれているはずだった時期は過ぎ、何者にもなれないのかもしれないという不安で心は真っ暗だった。同期はなぜか仲のいいやつから結果を出していて、「あれは別におれのしたい仕事じゃないし」と、ひとり強がっていた。嫉妬することを避けていた。

自分がちっとも変わらないから、環境を変えようとしていた。少し生き急いでいたのかもしれない。とにかく人生の速度を上げたくて仕方がなかった。




池袋に3分、新宿に11分、渋谷に19分

大塚は、山手線でいうと池袋の隣にある駅だ。巣鴨、日暮里などを含む池袋〜上野の間は山手線の中でも目立たないエリアで、なかでも大塚は池袋に電車で3分、新宿に11分、渋谷に19分という立地の割に都内でも家賃相場の低い土地となっている。

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4年前にリニューアルされ、きれいで便利になった大塚駅


ちなみに、JR大塚駅から5分ほど歩くと東京メトロ丸ノ内線の新大塚駅もあり、これに乗れば東京駅まで13分で行けてしまう。

駅ビルの中にはUNIQLO、成城石井、ロフト、JINS、スタバ(北口を出たところに路面店もある)があり、レトロなバッティングセンターもあれば、24時間営業の書店まである。


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山手線からも見えるバッティングセンター「ひょうたん島」


極めつけは多様な銭湯と、「聖地」とも呼ばれる日本酒居酒屋の数々。これについては、後ほど詳しくふれたい。

大塚を選んだ理由はふたつで、ひとつは転職先の勤務地だった護国寺に近かったこと。もうひとつは、同棲を解消した直後で家財を何も持っていなかったぼくにおあつらえ向きな、家具付きのシェアハウスが見つかったことだった。

仕方なかったふりをしているけど、当時流行りだったシェアハウスに住んでみたいというミーハーな気持ちがあったことは認めざるを得ない。

結局このシェアハウスは、共用部に置いておいたドラマ『SPEC』のBlu-rayボックスが行方不明になったのをきっかけに退去した。あれは悲しい出来事だった。

その後、ぼくが暮らしたのは駅の北側、文字どおり北大塚という土地だ。

古いラブホテルが乱立し、精力増強剤を売る赤い薬局があり、深夜に大声で喧嘩する声が聞こえない日はなく、毎晩交差点ごとに「お兄さんマッサージどう? 好きなことできるよぉ(小声)」と片言で話しかけてくるお姉さんがたくさん現れる(毎晩通ってるんだから顔覚えろよと思っていた)このエリアは、決して人気のあるエリアではない。しかし、それゆえ家賃が安い。

肝心の物件は、オートロックはもちろん、6階建てにもかかわらずエレベーターのない古いマンションだったが、駅徒歩3分で33㎡と広く、最上階の角部屋で窓がたくさんあり、礼金なし・敷金1カ月分で管理費込みの家賃7万5000円。



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窓の真ん前に置いたデスク。お気に入りの場所だった


結局この部屋が気に入り、大塚を出るまで、4年の間を同じ物件で過ごすことになる。




銭湯で「強制オフライン」になる 

当時ぼくは、フリーの編集者として業務委託で働いていた。26歳、WEBディレクターを4年やり、キャリアをリセット……というよりはちょっとズラすようなイメージでした転職だった。戦士から武道家に転職して、のちにバトルマスターになれたらいいなと、そんな風に考えていた。

働いていた会社は、パソコンとインターネットさえあれば仕事ができる環境が整っており、いつでもどこでも仕事ができるのがありがたい半面、メリハリをつけるのが難しくもあった。

退社したら仕事が終わるかというとそうでもなく、放っておけば断続的に仕事がつづく。来たメールは返したくなるし、見ておかないといけない本も映画もアニメもたくさんあった。武道家の修業は想像通りきびしく(望んだものだったのでなんの文句も無かったけど)、身も心もクタクタになることもしばしばだった。

そんな生活にメリハリを与えてくれたのが銭湯だった。大塚にはたくさんの銭湯があるが、南大塚の「記念湯には本当にお世話になった。深夜1時まで営業していて、シャンプー・リンス・ボディーソープ完備、ドライヤーが無料で、レンタルタオルが10円という大盤振る舞い。元気すぎず、しかし愛嬌のあるおばちゃんが、いつもやさしく出迎えてくれる。

最近、銭湯がWebの仕事をする人たちの間でブームになっているが、それは強制的にオフラインになれることと無関係ではないように思う。銭湯につかっている30分だけは、自分を社会から切断することができるのだ。

ひとりで銭湯に行くことがほとんどだったけど、たまに近くに住む、近しい業界の若者たちを誘った。彼らは3人でルームシェアをしていて、それぞれ編集者・広告のプロデューサー・就活生として生きていた。



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気のいい若者たち


あたまがよくてセンスのいい、それでいて後輩感あふれる3人のまわりには、土日になれば同じようにかっこいい若者が集まって、tofubeatsをBGMにちょっとしたパーティーをしていた。「ちょっとしたパーティー」って実在するんだと思った。

彼らは、学もオシャレ要素もないぼくをなぜだかずいぶん慕ってくれて、よく飲みにも誘ってくれた。「記念湯いきましょ!」のひと言でパッとお風呂に集まって、そのあと北口の「龍園」で焼肉を食べたり、隣町の巣鴨まで歩いて行って「金剛苑」でまた焼肉を食べたり、みんなでうちに来て屋上でビールを飲んだりもした。

今はもう誰も大塚にいなくなってしまったけど、当時頻繁に連絡をとったFacebookのスレッドその名も「大塚愛」では、今もたまに大塚情報が交わされる。最新の情報はプロデューサーから編集者に転職したIが投げた「星野リゾート大塚進出!」だった。完成したら、みんなで泊まりに行きたいなと思っている。




日本酒居酒屋の聖地

金曜日や土曜日の夜、なにも予定がないときは友人や先輩に「大塚来たことあります? 最高ですよ!」と誘って、大塚の居酒屋をまわった。

ぼくも引越してから知ったが、大塚は日本酒居酒屋の「聖地」と呼ばれる土地なのだ。

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「四天王」と呼ばれる王道店「こなから(閉店)」「きたやま」「江戸一」「串駒」を軸に、うまい野菜が食べられる「みや穂」。

近隣店舗から「あそこの飲み比べ『大吟醸セット』の値段は安すぎます(苦笑)」と嘆かれている「ぐいのみ大」、変わり種おでんがそろう「串駒房」、ビールを本妻としつつ日本酒にも同じかそれ以上の愛を注ぐ「麦酒庵」、コースを頼めばハイクオリティな季節の日本酒が飲み放題になる「うおはな」、多少値は張るが新鮮な魚がめちゃくちゃうまい「竹政」、狭い店内ならではの行き届いた接客が心地いい「くう」。


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「ぐいのみ大」で飲める、冬限定の超活性日本酒。活性しすぎて泡だらけ


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「串駒房」のたまごのおでんは半熟


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「竹政」は魚以外も絶品。これは焼いたチーズ


女将のつくる日替わりつまみがハズレ無しの新店「まるま」。そして、「(この酒は)ワイングラスがいちばんうまいんです! でも、ほんとうは日本の器で出したい! 私は悔しい!」と日本酒愛ゆえの自己矛盾をさけぶ店主が営む「はなおか」。

この13店舗はどこも、自信を持っておすすめできるお店ばかり。どの店に行っても、豊富な知識に裏打ちされた適切なリコメンドを受けつつ、日本酒を飲むことができる。あらためて並べてみても圧巻の層の厚さだ。

何よりいいなと思うのが、それぞれの店舗にプライベートで行っている店主たちを見かけることだ。しかも実にうまそうに、また、たのしそうに過ごしていて、街全体から深い日本酒愛を感じることができる。

ちなみに、「地酒屋こだま」という日本酒専門の酒屋もある。筋肉少女帯がけっこうなボリュームでかかる店内に一瞬たじろぐが、心配は無用。これまた日本酒愛ダダ漏れの店主に好みを伝えれば、必ずや激うまの1本に出会えるだろう。


ついでに日本酒以外の名店も紹介しておきたい。



まず、なんと言っても「カッチャルバッチャル」である。うますぎる。「酒の飲めるカレー屋」としてこれ以上の店をぼくは知らない。

ミシュランに入って以降行列が絶えなくなってしまったが、担々麺の「鳴龍」も相変わらずすばらしい。「GOTOO」の生姜焼き定食も東京イチではないかと思う。引越し直前のランチは、3日連続で生姜焼きセットだった。


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「GOTOO」の生姜焼きは、肉厚でうまみがすごい


寿司屋のように目の前で握ってくれるおにぎり屋「ぼんご」は、23時まで開いているのではしご酒の〆に最高だ。

日本酒にちょっと飽きてきたら「Tamaya」でワインも悪くない。「蒼天」の焼き鳥も人生トップ3には入る。「天王寺はち八」も日曜のお昼から明石焼きをほおばりつつビールが飲めるのでこれまた最高だ。



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土日は開店から列ができる「ぼんご」




人生をゆるめる街

大塚は、ともすれば仕事一辺倒になってしまいかねない僕の生活に、適度なたわみを持たせてくれた。

バイクは、アクセルを開けたままギアを上げることはできない。手前に捻ったアクセルを戻して、クラッチをにぎっていちど「ゼロ」をつくってから、カチッ、カチッと、一つずつ歯車をはめて、そうして加速していくのだ。

人生も同じだとすると、ぼくにとっての「アクセル戻し」が銭湯であり、「クラッチ」が友人たちと飲む日本酒だった。これがなければ、未だに低速なギアのまま、エンジンばかり吹かして消耗していただろう。

だからもし、いまこれを読んでいるあなたが、がんばっているのになにも人生が進んでいないような気がしているとしたら、いちどアクセルをゆるめて、きちんとギアが上がっているかを確認したほうがいい。一速、二速で吹かしても、うるさいだけでスピードは上がらない。

もしあなたが、良くも悪くもない状態にあって、加速しようとしない自分にイラ立ちを感じているとしたら、クラッチを握っている最中だと思えばいい。次にギアを上げるタイミングを、虎視眈々とうかがえばいい。

どっちもよく分からないあなたは、とりあえず記念湯に行こう。串駒で十四代を飲んで、ぼんごで〆よう。


大塚はいつでもだれでもゆるめてくれる。




☆今回ご紹介したお店でオリジナルの大塚マップを作りました。よかったらこれを片手に、大塚を訪れてみてください。



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著者:今井 雄紀

今井 雄紀

1986年滋賀県生まれの編集者・ライター・イベンター。大井町→三軒茶屋→大塚→新宿ときて東京10年目。2017年、編集とイベントの会社ツドイを設立。仲間と一緒においしいものを食べるのが好きです。

Twitter:@imai_tsudoi

note:https://note.mu/yuqimai

編集:Huuuu inc.