上京して10年。人生と向き合ってようやく「岡山」のことを好きになった

著: 友光 だんご 

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岡山にいたころは、毎日をずいぶんぼんやりと過ごしていた。人並みに悩みもした思春期も、晴れた空とだだっ広く続く田んぼを見ていたら大体の不安はどこかに去った。岡山県民の大らかさと、晴天率の高さは関係が深いはずだ。

 

僕は県南に位置する岡山市の西大寺で生まれ育った。

かつては門前町として栄えた土地で歴史を感じる街並みもあるものの、それは一部。実家のある西大寺の外れは、いわゆる地方のロードサイドをイメージしてもらえばいい。国道沿いにチェーン店が延々と並ぶ、よくある光景だ。

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本やCDは近所の宮脇書店やゲオで手に入る。30分ほどバスに乗り中心部に出ればシンフォニービルの丸善にクレドの紀伊國屋、オーパにはタワーレコード(※現在は閉店)もある。

友人たちと街へ出れば、カラオケならグレートパンプキン、ボウリングなら両備ボウル、ゲーセンならジョイポリス。3択から選べるくらいの遊び場はあった。

 

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「大都会岡山」と揶揄されるように、都会といえば嘘になるが、絶望的な田舎でもない。よく言えば住みやすい、悪く言えば特徴に乏しく中途半端。それが岡山という土地かもしれない。

 

だから、他県の人からみた岡山のイメージが薄ぼんやりしているのも仕方がない。出身者からしてもそんなものだった。

 

 

なんとなく出た東京での壁

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生まれ育った岡山のことは嫌いでもなく、なんとなく好きな程度だった。

「こんな田舎は嫌だ!」なんて強い感情があったわけでもなく、本が好きという理由で文学部を目指した。

 

運良く東京の大学へ受かって18歳のときに上京。ずっとものを書く側の人間になりたかったが、大学で入った雑誌サークルで「編集」という本への関わり方を知り、本作りを仕事にしたいと思った。小さな出版社への就職が決まり、そのまま東京で働き始めた。

 

出版社で働き始めてからは、そうぼんやりもしていられなくなった。

年上の女性編集者ばかりの部署に入った僕はそれはもう役立たずで、終電まで雑用に追われる日々。岡山の何倍ものスピードで行き交う人たちのなか、自分は東京にいるのだと思うことで、少しは前に進めていると自分に言い聞かせていた。

 

20代も半ばを過ぎ、いつしか「そのうち岡山へ帰る」が口癖になっていた。

 

 

現実逃避の「岡山へ帰る」

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東日本大震災後、移住先として岡山が急に注目され始めた。

当時担当していた女性向けライフスタイル誌にも、岡山に移住した家族が度々誌面に登場していた。自然が豊かで災害が少なく、新幹線の「のぞみ」が停まるから東京からのアクセスもいい。だからいい土地なんですよ、と。

 

なんだか岡山へ帰る口実ができたような気がして、あても何もないのに、口では「いつか帰る」と言っていた。

 

岡山いいところなんですよね、だから帰りたくて、と人の言葉を借りて薄っぺらく。働き始めて数年がたっていたが、いまだ編集者としての自信はなかった。編集者としてやっていけるイメージは湧かなくて、「いつか帰る」というのはそんな不安を紛らわすための言葉でしかなかった。

 

とはいえこのころから、ぼんやりとしていた岡山の魅力が自分のなかで少しだけ輪郭をもちはじめた。例えばクラフトだ。

 

 

最初に好きになった岡山

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県内でも有数の観光地である倉敷の「美観地区」。白壁の古い街並みが残り、海外の観光客からの人気も高い

 

2014年、クラフトフェア「フィールドオブクラフト倉敷」へ初めて行った。仕事を通じて興味を持ち始めていたクラフトに関するイベントが、地元でも開催されていたことを知ったからだ。

日本で2番目にできた民藝館があるなど、倉敷は古くから手仕事へのリスペクトが根付く土地。鮮やかな青が特徴の倉敷ガラスや民藝運動家の柳宗悦が名付けた倉敷段通など、特産の工芸品も多い。

 

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当時の僕は倉敷がクラフトで有名なこともろくに知らなかった。だが、全国から集まったクラフト作家の集う会場の様子には圧倒された。

 

大量生産品ではなく、背後に作家や産地の物語を有した手仕事のクラフトを暮らしのなかに持ち込むことが、ぱっとしない生活を意味のあるものに変えてくれるように感じられた。この時、手取り月15、6万だかの汲々とした財布から絞り出したお金で買った木製のフォークは今でも大切に使っている。

 

もう一つ、僕にとって外せない岡山のクラフトがある。それが「備前焼」だ。

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祖父から譲り受けた備前焼の干支の置物

 

釉薬をかけず、土の素朴な風合いを生かした伝統的な焼物が備前焼。その本場である「備前」は父の実家がある土地で、家にも結構な数の備前焼が転がっていたものの、子どものころはさっぱり魅力が分からなかった。

 

だが、結婚して新生活用の茶碗を買おうという時、同じく岡山出身の妻が「茶碗は備前焼がいい」と言い出すではないか。え、ださくないか…? と反対するも押し切られ、備前焼の窯元が集まる伊部でそろいの茶碗を購入し、使い始めた。

だが、これが使ってみると意外にもよかった。今まで食わず嫌いしていたのを悔やむほど、ざらついた手触りとか、そっけない赤茶けた色味が、食卓に実にしっくりくる。それ以来、少しずつ東京の部屋に備前焼が増えていった。

 

帰省した折に「最近、備前焼が好きになった」と話すと、急に大量の焼物を引っ張り出してきた祖父を今も覚えている。「お前もやっと気づいたか」と言わんばかりのうれしそうな顔で。あの時もらった犬の置物は、東京の仕事机の横に鎮座している。

 

そんな風に、少しずつ「岡山のここが好きだ」と言えるものが増え始めていた。

 

 

少しだけ拓けた道

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そして社会人5年目、転機が訪れる。

転職を考えていたタイミングで、独立する先輩編集者から「一緒に働こう」と声がかかったのだ。同じ編集者とはいえ、紙からウェブへ、会社員ではなくフリーランスへという大移動。決断をするまでにそれは悩んだ。ただ、このとき決め手の一つになったのも「岡山」だった。

 

先輩編集者と話している際、将来は岡山で仕事がしたくて、とふとこぼした。すると彼が言うのである。

「僕の得意分野はローカルだから、地方の仕事が多くなる。だから岡山の仕事もできるはずだ。おまけに僕は長野との二拠点生活を始めるから、友光さんが将来岡山に拠点を置くのもありだ。一緒に働くのはちょうどいいのではないか」と。

 

思いもしない方向から、突然に岡山への道がふって湧いてきた。断る理由は、もはや無かった。

 

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そうした経緯で、2017年からは先輩編集者のつくったフリーランスのライター・編集者集団に所属して働いている。拠点は東京だが、ありがたいことに岡山での仕事も徐々に生まれた。

 

岡山県知事に取材できたり、地元のローカルメディアで記事を書いたりと、次第に岡山へ仕事で帰る機会ができ始めた。

 

 

岡山県民のソウルフード

岡山へ帰る機会が増えるにつれ、だんだんと好きな店が増えてきた。高校生まではせいぜい近所のジョイフル(ホームセンターではなく、西日本ではおなじみのファミレス)が関の山。だが、いざ大人になってみると、いい飲み屋もご飯屋も山ほどあることに気がついた。

 

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例えば「鳥好(とりよし)」。岡山駅周辺に2店舗を構える大衆居酒屋で、駅前本店はミシュランにも掲載されている。前職、現職の両方で岡山出張の際に上司を連れて行った、まず間違いのない店だ。

 

東京へ出てから気づいたが、岡山人は鳥肉をよく食べる。弁当チェーン「ほっともっと」にも、岡山限定の「とりめし」なるご当地メニューが存在する。ここ鳥好でも鳥肉の酢の物「とり酢」が名物で、上司に「岡山っぽいメニュー」をリクエストされたらまず頼みたい1品だ。

岡山っぽさでいえば「ご飯(まま)を隣に借り(かり)に行くほどおいしい」が語源の魚の酢漬け「ままかり」も。瀬戸内海が近いぶん、岡山で食べる魚は9割がた美味しい。

 

それと、たびたび禁断症状に襲われるのが「ぶっかけうどん」。東京でも某讃岐うどんチェーンへ行けばいくらでも食べられるのでは、と思うだろうが待ってほしい。岡山には「元祖ぶっかけうどんの店」が存在するのだ。

 

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それが倉敷に本店がある「ふるいち」。麺の歯ごたえとのどごし、それに天かすやうずらの卵などの薬味が渾然一体となった「ぶっかけ」は、もはや岡山県民のソウルフード。帰岡のたびに隙があれば足を運んでいる。

 

最近では岡山駅前のイオンと岡山駅の新幹線ホームにも店舗ができたため、うんと通いやすくなった。ホームの店で持ち帰りを頼み、新幹線の車内でぶっかけうどんを食べるなんてことも可能だ。

ちなみに本店の「かき氷」と大判焼き「ふーまん」も隠れた名物なので、倉敷へ行く際はぜひ味わってみてほしい。

 

 

実は「いい本屋」の宝庫でもある

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とろりとした夕焼け色の時間が流れているような古書店「ながいひる」

 

これも最近になって気付いたのだが、センスのいい個人経営の本屋が岡山は多い。どこもいい意味で「クセがスゴい」店ばかりで、あそこに行けば何かに出会える、と思わせてくれる。

 

岡山駅周辺なら古書店「ながいひる」。初めて足を踏み入れたとき「ここは中野か高円寺か……?」と驚いたくらい“中央線感”の立ち込める店だ。冷蔵ショーケースにはビールまで冷やされており、店内で飲むことができる。

 

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ビルの2階にある「ながいひる」は、手書きの看板が目印だ

 

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「ながいひる」のすぐ近くには、今年オープンしたばかりの「of」。ミニコミ(インディーズ出版本)を扱う、岡山では貴重な店だ。現地から直接仕入れているという海外のZINEなど、他ではなかなかお目にかかれない本が並ぶ。

 

岡山市外の書店も外せない。倉敷の美観地区には古書店「蟲文庫」。店内にそろう苔と猫と亀に出迎えられると、体感時間は0.7倍速くらいゆっくりになる。パラフィン紙のかかった福武文庫やサンリオSF文庫のような、いかにもな古本をつい買いこんでしまう不思議な空間だ。

 

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岡山市から南へ車を走らせ、児島大橋を渡った先には「451BOOKS」。住宅街のなかに、突如として秘密基地のような書店が現れる。店主の根木さんは雑誌『ソトコト』でローカルリトルプレスの連載を持ち、行くたびに知らないリトルプレスやフリーペーパーを教えてくれる。

 

こうした「会いに行きたくなる人」ができるのも、土地を好きになるための条件だろう。ぼんやりしていて随分遅くなってしまったが、やっと岡山がそんな場所になってきた。

 

451BOOKSの帰りには、近くのカフェ「GRID KITCHEN」に寄ってみたい。コーヒーを飲みつつ大きな窓から眺める児島湖は、実際の何割か増しで綺麗に見えるはずだ。

 

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ちゃんと好きになった岡山で

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東京に出て10年。とっくにぼんやりとしていられる年齢は過ぎた。少なくとも、今はなんとなくではなく、ちゃんと岡山が好きだと言える。

それとともに「岡山へ帰りたい」という気持ちは薄れてきた。あれは「何もかも捨てて遠くへ行きたい」みたいな逃げの感情だった。

 

やっとまともに岡山のことを見られるようになったから、今は漠然とした「帰りたい」ではなく、編集者として岡山で何ができるかを考えている。ピントの合った視界で見る地元の姿は、前よりずっと面白い。

 

 

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著者:友光だんご(id:tmmt1989

友光だんご

編集者/ライター。1989年岡山生まれ。Huuuu所属。「ジモコロ」「BAMP」を中心に活動中。インタビューと犬とビールが好きです。

Twitter:@inutekina

note:https://note.mu/tomomitsu_dango

編集:Huuuu inc.