中途半端な地元を出るのにきっかけなんかない - 稲田堤~高円寺・荻窪

著: ひにしあい 

─「このマンションは建て直すので、期日までに出て行ってください」

とても気に入っているマンションに住んでいたら、突然管理会社から退去通告を受けたのが昨年のことだ。

 

「出て行きたくないけど、出ないといけない」

 

そういえば、地元を出たときは、出なくていいのに、出て行ったんだった─

 

***

 

地元を離れて12年が経った。

生まれ育った街は、新宿まで京王線で最速20分。

多摩川を越えてすぐの街「稲田堤(いなだづつみ)」だ。

  

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何があるわけでもないありふれたベッドタウンだ。

京王線とJR南武線の2路線が交差し、渋谷には約30分で行ける。パルコも映画館も、2つ隣駅にある。高速のインターも近い。決して都会じゃないけれど、早い話とても便利な地元だった。

地元の友人たちは皆、ほぼ地元を出ないまま嫁に行った。当然だ、出る必要性が全くないのだから。

社会人3年目、私は22歳でこの街から外に出た。

 

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男の家に転がり込んだわけでもないし、同棲を始めたわけでもない。正真正銘、一人きりの一人暮らしを始めた。

 

「それだけ便利な地元を出る必要一切ないじゃん」


たくさんの人に言われた覚えがある。でもなにか“東京で一人暮らしを始める確固たる理由”なんてなかった。普通の人なら、その便利さとかかる経費と引き換えにしてまで、欲しがるものではないのかもしれない。

 

すべてが自分の自由になる居場所。ただそれだけが欲しかった。

 

同じような中途半端に便利な地元を持つ人にとって、実家を出るのは想像以上に面倒だ。それでも、私は家を出た。

 

この記事では便利だけど中途半端な地元から、家を出て12年で関わりのあった東京の街について書くことで、同じように家を出るきっかけがない誰かに届けばうれしいなと思う。 

 

ぬるま湯の様に便利な街「稲田堤」 

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何も変わらない街だ。

 

いや。JRの駅と京王線の駅を結ぶ商店街のお店はだいぶ変わったし、フィリピンパブの数はなぜか増えた。由々しき事態だ。

 

通勤に便利な立地のため、ファミリー層がより増えたと聞く。京王線は特急が止まるようになったらしい。これは快挙といっていいだろう。

 

でも、どこか変わらない……。

 

駅前と商店街にある焼き鳥屋は、バレー部の先輩の実家が経営している。現在も地元の顔のごとく元気に営業している。

 

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10年以上前のバイト先だった居酒屋は、人気店として営業を続けている。先日久しぶりに飲みに行ったら、当時の先輩がまだ2人も働いてて片方は店長になっていた。こんなことは普通ありえない。とても驚いたがうれしかった。そして相変わらず美味しかった。

 

街にあるスーパーの顔ぶれも20年前と変わらない。宝くじ屋の小さなブースには友達の母ちゃんが今も座っていた。

 

多摩川沿いにあった実家からも近い河川敷の飲み屋「たぬきや」は、物心ついた頃にはすでにあった。

 

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変わらぬ姿のままそこにあり続けたことで、この飲み屋ブームの最中、先日雑誌『dancyu』の表紙になっていたのは驚いた。

 

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地元民にとってはとんでもない話である。

 

よくよく考えてみれば、おもしろい河川敷だ。夏場は町中のあちこちで、小規模な盆踊りや祭りやお神輿がにぎわいをみせる。隣町の調布市の花火大会時は、ただ単に川の対岸というだけでたくさんの人が押し寄せる穴場鑑賞スポットにもなっている。

 

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せせらぎのある大きな公園や名産のなし園も点在する。

 

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自転車を乗り回して町中を駆け巡っていた子どもの私にとって特に不満は無かったし、必要なものは何でもそろった。


何の所縁もない両親がここに住んだ理由はとても分かる。でも大人になった私がここを拠点に生きることはできなかった。


「変わらないこと」「ぬるま湯のように便利」に自分自身を重ねて焦る気持ちがあったのだろう。

 

昼間は新宿から稲田堤まで20分で到着するのに、朝の通勤ラッシュ時と終電近くは新宿から40分以上かかるという詐欺的な交通事情はあるけれど。終電は新宿発0時20分くらいまであるし、家賃も安くて便利だ。住んでいる人や興味を持った人には、一度住むと沼みたいになるのかもしれない。

 

だけど、私はこの地元を出たのだ。

 

 

憧れの街、「中目黒」「三軒茶屋」は門前払い

専門学校を出て3年目。22歳の私は、地元からJR南武線と東横線を乗り継いで40分の中目黒の会社に勤めていた。

 

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貯金もできてそろそろ一人暮らしがしたくなった。当時のお給料から考えると7万5000円が家賃として支払えるギリギリの金額だった。このラインで葛藤している人は多いだろう。


死ぬほど忙しく毎日終電。キツい暮らしをしていたが近隣に住む男と付き合ったことで、このままなし崩し的に家を出られたらいいなと考えていた。

 

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しかし現実は甘くなかった。

 

話は簡単だ。
死ぬほど男運がなかったのだ。

 

車から投げられたり、深夜に家から放り出されたり、とにかく沸点が低すぎる男に振り回されたり、その後すぐ付き合った男には3股をかけられた挙句に振られた。それはそれは散々な日々を送っていたのだ。

 

とにかくもう家を出るには一人でどうにかするしかなかった。
会社の近くの「中目黒」は、当時からおしゃれスポットとして人気が急上昇していてまったく私が住める余地はなかった。

 

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最初に不動産屋に行ったのは「三軒茶屋」。
イメージレベルで憧れが強く、職場にも自転車で通える距離だった。

 

1軒目の不動産屋のドアを開けた。


「7万5000円でバストイレ別の1Kの部屋は無いですか?」
「そんな部屋はこの街にはないよ」

 

マジで2秒で終わった。

 

渋谷から5分のおしゃれな街「三軒茶屋」には、7万5000円で風呂トイレ別の部屋なんてなかった。私はさっさと諦めた。こんな街には住めない。

 

次に向かったのが、中央線の中でも最もディープと言われる街「高円寺(こうえんじ)」だった。

 

 

一人暮らしの楽しさと出会いをくれた街「高円寺」

JR高円寺駅から徒歩7分、丸の内線新高円寺駅からは徒歩10分、風呂トイレ別築3年2階のアパート。家賃は7万6500円。ここが私の一人暮らしを始めた場所だった。

 

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なかなかのこじらせサブカル女子だった私にとっては「高円寺」も憧れの街だった。


大好きな「ちびまる子ちゃん」のさくらももこ先生が、高円寺に長年住んでいたことも影響されたのかもしれない。

 

中央線に住み始めて、サブカル好きにはたまらない太田出版の雑誌「たのしい中央線」(略してたの中)を手に取った。さらに中央線特集の本を買い集めたことは言うまでもない。

 

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そんなわけで、晴れて高円寺で一人暮らしを始め、一人暮らし初心者がやってしまう失敗もたくさんやらかしたのも今ではいい思い出だ。みんな絶対に真似するなよ。

 

ーー

●ガラスのテーブルを買う
→ホコリが溜まりやすくて、ガラスがすぐに曇る

 

●ロフト付きだったのでロフトで寝る
→夏場は熱気がロフトにこもるので寝てる場合ではなくなり、使えない

 

●壁の薄いアパートに住んでしまう
→隣の部屋のお兄ちゃんのいびきが夜な夜な聞こえてくる

 

●深夜のアパート下で謎の高校生が全力でバットの素振りを行う

ーー

最後はもはや一人暮らし初心者とは関係ないことだが、「もっと壁とかちゃんとした部屋に住むべきだった! 」と後悔している。

 

**

 

高円寺はサブカルの街として有名なこともあり、その名に恥じぬ街の猥雑さも最高だ。

 

例えば、中央線に住むと一度は毒されるインド綿生地とインド小物の宝庫「むげん堂」、

 

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もはや何時から何時までが営業時間なのか不明すぎる居酒屋の数々、

 

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自分の父親くらいの年のバンドマンが、朝っぱらから死ぬほど酔っぱらっている姿も風景の一部といっていいくらい溶け込んでいる。

 

常連のお店も数多くできた。大人の第一歩だ。

 

ビールや酒類はセルフサービスで何を食べても美味しい名店「七面鳥」。数ある好きな飲食店の中でも本当にイチオシで、高円寺に住み始めた友人や知人すべてに紹介し、全員が通いまくっている間違いのない店だ。

 

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(撮影日はお休みでした)

 

 

路地裏の貝専門店「あぶさん」では貝の美味しさをこれでもか!と教えてもらえるし、

 

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手を洗うのは外の井戸のみなので、井戸の使い方すらここで学んだ。

 

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もうなくなってしまったガード下の居酒屋「龍家」や深夜まで食事ができる寿司の「七福神」も大好きだった。

 

一人暮らしで勝手気ままに暮らす楽しさ、自由に生きる人々との出会いを20代前半で叶えたことで「もっともっと自由にいろいろやっていいんだな」と漠然と思えるようになった。

 

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そんな自由さと明日どうなるか分からない刹那さをまとった街「高円寺」には5年住んでいた。自分の性格に合っていたんだろう。

 

久しぶりに高円寺を訪れると、多くのお店が様変わりしている。

 

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変わらない街に物足りなさを感じていたから、ここまで変わり過ぎる街に憧れたのかもしれない。そして20代前半という好奇心が旺盛すぎる時期に、この街で過ごせたことも自分にとっては本当によかったと思う。いい街に出会えた。

 

27歳になった私は、同じ中央線の2つ隣の駅「荻窪」に引越した。少し前から、現在の配偶者である旦那と住んでいた。

 

すべてを兼ね備えた街「荻窪」

荻窪(おぎくぼ)」の魅力は、この記事(カツセさんのSUUMOタウン記事)で語り尽くされている。実際、特別な事情でもない限り、この街から出られないのではないかと思うほどに住みやすい街なのだ。

 

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気軽な飲み屋から、ハレの日にも使えるフレンチ、ディープな路地のお楽しみもある。駅直結のルミネや24時間営業の無印良品を擁するタウンセブン・西友と、少し足を延ばせば激安スーパーのオーケーもある。

 

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交通アクセスはJR中央線だけでなく、丸の内線は始発駅のため絶対に座ることができるのは嬉しい。バスのターミナル駅でもあり、西武線沿線へのアクセスも抜群だ。

 

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お店の入れ替わりも激しいが、人気のあるお店はどっしりと構えている。


おじいちゃんおばあちゃんから若い世代までみんなニコニコと共存しており、落ち着いて住むことができるいい街なのだ。隣の西荻窪ほどディープすぎず、高円寺・阿佐ヶ谷よりも落ち着いていてる。

 

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気に入り過ぎて、私はこの街ですでに1回の引越しを経て2軒目の家に住んでいる。

 

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程よい新陳代謝の変化と変わらない安心感、激しすぎない猥雑さがいいバランスで共存しているのが荻窪の印象だ。私にとっては地元の良さと、高円寺の良さをいいとこどりしたような心地よさがあるので、離れられず長く住んでいるのかもしれない。

 

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だが、結婚をする前の少しの期間、ちょっとした彼氏とのすれ違いが原因で友達の家に身を寄せていた。その場所は「後楽園」だった。

 

 

交通の要所だけど何かが足りなかった街「後楽園・春日」

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東京ドームがある水道橋までも歩くことができて、地下鉄路線が充実しまくっていて、都心にも出やすい。小石川後楽園などの大きな公園もある。

 

家賃はそれなりだが、穴場的な街でもある「後楽園」は交通の便はすばらしいの一言。ただ高円寺、荻窪と「中央線文化」に染まり切っていた私にとっては、あまり面白味を見いだせなかった街だった。

 

東京ドームシティもあり、買い物も便利だったが、なんだかキレイすぎる街だった。もっともっと猥雑さも含めた魅力が欲しかったんだと思う。ないものねだりともいえる。

 

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住みたい街に何を求めるのか?

 

交通の便が良い、おしゃれな店がある、いい感じの飲み屋がある……。人それぞれに求めるものは十人十色だ。

 

一人暮らしをしなければ、分からなかったことがたくさんある。


いくつかの場所に住んで分かったことは、私は便利なだけではだめだったこと。心地よい猥雑さと便利さが入り混じっていること。そして「自由でいいんだよ」という安心感をくれること。

 

ぬるま湯の様に便利だった地元を離れた理由も、まわりまわってここにあったのかもしれない。


地元を出て自活をして、いろんな人たちと出会った。地元を飛び出て暮らさなければ分からなかったことだらけだ。

 

余談だが、この後楽園の友人の家から彼氏の元へ帰ったきっかけは、仕事帰りに駅に着いたら東京ドームから漏れ聞こえてきた「いつかのメリークリスマス / B'z」が聞こえてきたことだった。

 

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音楽の趣味がまるで違う彼との唯一の共通点が、なんだか恥ずかしいがB'zが好きってこと。不覚にも東京ドームを望む橋の上で、泣きそうになったことを覚えている。

まぁ、なんだかいろいろあるけれど、彼が待っている家に帰ろうって思えた。


その3年後に結局結婚することになり、私は相変わらず「荻窪」に住んでいる。


なんだかすごく雑な話だが、人生ってこんなもんなのかもしれない。

 

 

次はどんな街に住むんだろう

 

今の家に住んでかれこれ6年。荻窪駅から3分のとても気に入っている物件なのに、来年にはこの家を出なければならない。このマンションをぶっ潰して新築マンションを建てるらしく立ち退きを宣告されたのは、冒頭で触れた通りだ。

 

また、荻窪に住んでもいいし、思い切って全然違う街に引越してもいい。

一人暮らしを始めたあのころよりも選べる選択肢を増やせる、「お金」も「知識」もある

 

地元を出て12年が経った。私はまた違う家へ旅立つ。

そこにはどんな風景があるのだろうか。でも、私が求める最低限の私だけの基準はもうある。

何も怖くはない。でもわくわくはある。

 

東京のどこかで、また私の、そして私たちの暮らしが始まる。 

 

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著者:ひにしあい

ひにしあい

本業はSEOの非常勤ライター。好きな本は路線図、好きな音楽はビジュアル系。特技はカラオケ芸。嫌いなものは犬好きを装う女。スクールカーストは常に2軍。女ならではのあるあるを試し続ける人。トゥギャッチやコネタ –Exciteで活動中。

個人サイト:hisishi.com

Twitter:@sunwest1

編集:Huuuu inc.