私がこの街を好きな理由 〜中野〜

著: SUUMOタウン編集部 

その街に住んでいる(住んでいた)、住んだことはないけれど好きだ、という人にその街の魅力について語ってもらう本企画。今回は、ショートショート作家・田丸雅智さんに学生時代に住んでいたという思い出の街「中野」の魅力を語ってもらいました。

田丸さんは、短編小説よりも短い「ショートショート」いうジャンルに特化した執筆活動をされています。1作数分で読めるような短さながらも、幻想的な世界に一瞬で引き込む、中毒性のある作風が支持され、単行本はこのジャンルでは異例の売り上げを記録。『海色の壜(びん)』(出版芸術社/2014年)に所収の『海酒(うみしゅ)』は、芥川賞作家の又吉直樹さん主演でショートフィルム化もされ、カンヌ国際映画祭などでも上映されました。

執筆以外にも、自ら指導するショートショート講座やジャンルを超えたアーティストとのコラボレーションなど、作家という枠にとらわれずに活動の幅を広げています。

そんな田丸さんが学生時代を過ごした街が中央線の「中野」。新世代のショートショート作家の視点から語られる中野の街とは?また、中野の街は、作品にどのような影響を与えたのでしょうか。田丸さんと共に中野の街を歩きながら、その魅力を探ります。

かつての住まい、南口エリアへ

待ち合わせ場所である中野駅南口に集まり、早速田丸さんと街を歩きながら「中野」について伺いました。

「大学3年から大学院を卒業するまでの4年間、南口から徒歩数分のワンルームマンションに住んでいました。家賃は8万円くらい。『中野ブロードウェイ』や『中野サンプラザ』がある北口のほうが栄えていますが、静かな南口側も僕は好きです。高架をくぐればすぐに繁華街に出られて必要なものはなんでもそろうし、住むにも便利だと思います。近所には桃園川緑道が通っていて、散策も楽しめるのもよかった。学生街でもあるので、ごくたまに、学生の酔っ払いが騒いでることもありましたけど(笑)」

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【マルイ本店がある中野駅南口駅前。マルイは2007年にいったん閉店するも、2011年に再オープンした】

お話を伺いながら街を散策している途中で、レトロなビルに入った『髪工房あおの』という美容院の前で足を止めた田丸さん。

「ここ、僕が通っていた美容院なんです。中野に引越したときに、丁寧な手書きのメッセージが書かれたはがきが郵便受けの中に入っていて、それをきっかけに通うようになりました。最近はご無沙汰していますが、引越してもしばらくはわざわざ中野まで髪を切りに来ていました」

少し中を覗いていると、田丸さんに気付いたスタッフのみなさんが声をかけてくれました。

「中野にお店を開いて今年の5月で34年になります。もちろん田丸さんの活躍は知っています。陰ながら応援しています。中野の良さは、街全体がアットホームなところでしょうか。新しい住民もすんなり入り込める雰囲気があると思います」(髪工房あおのご主人)

ご主人の言葉からお客さん一人一人を大切にされている雰囲気がよく伝わってきて、田丸さんとご主人のやりとりからは、気取らない中野の日常が垣間見えました。

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【「髪工房あおの」にて】


学生のお財布にも優しい街

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【田丸さんがよく買い物をしていたというコープ】

「美容院の近くにある『地産マルシェ』ではよく野菜を買っていました。安くて美味しいのがいいですよね。肉や、足りない野菜は『コープ』で買い足していました。僕は結構自炊派で、酢豚みたいな中華料理をつくったり、あとはインドカレーはスパイスから買ってきてゼロからつくります。食にこだわりがあるというよりも、つくる、生み出すという行為が好きなんです」

と、話す田丸さん。「中野ブロードウェイ」の影響で「サブカルの街」といったイメージもある中野ですが、お話を伺っていると、スーパーも充実していて、限られた仕送りでやりくりしたいという学生さんにとっても優しい街でありそうだという一面も見えてきました。

「飲屋街が充実しているのも中野の魅力です、とにかく安い、それでいてうまい。コストパフォーマンスがいいんです。僕はお酒も好きで、北口の飲食街にもよく行っていたのですが、なかでももつ焼きの『四文屋』にはよく通っていましたね。すごく美味しくて、しかも串一本100円からなので、お腹いっぱい飲んで食べても3000円いかないぐらいなのがうれしい」

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【「中野ブロードウェイ」】

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【「中野ブロードウェイ」に続く中野サンモール商店街】


なぜ、中野だったのか?

田丸さんは東京大学工学部に進学する際に上京されたそうですが、なぜ住まいに中野を選んだのでしょうか。

「上京してすぐは親戚のツテで川崎に住んで駒場東大前まで通っていましたが、工学部は本郷にあるので、3年次になって中野に引越したんです。大学の近くに部屋を借りる人が多かったけど、僕の場合、大学と住居が近すぎるとその往復だけの限られたエリアだけで生活する事になってしまうのが嫌で、少し離れた場所に住んで、通学の時間をなにか別のことにあてたほうがいいと思ったんです。それで、通学に丁度良さそうな場所が中野でした。大手町で乗り換えて、根津で降りるのですが、その間は読書したり、音楽を聴いたり、CNNを聞きながら英語の勉強をしたりしました。中野を選んだことに深い理由はなかったのですが、今もこの街はすごく気に入っていますし、中野の街から小説のキーワードを見つけたことも何度もありました」

中野の街とショートショート

これまで400を超えるショートショート作品を生み出してきた田丸さんですが、そのなかには街や風景から着想を得ているものも多いそうです。なかでも中野に関係する作品とそのエピソードについて教えていただきました。

「『夕暮れコレクター』(『海色の壜』所収)という作品は主人公が、線路沿いで「夕暮れをコレクションしている」という不思議な人物に出会う話なのですが、この作品は中野の中央線の線路沿いから見える夕日のイメージを描きたくて書いたものなんです。それから、『ショートショート千夜一夜』(小学館/2016)のラストの『さくら隠し』は新井薬師公園の桜まつりがモチーフになっています。

普段はこのように風景やキーワードから練りこんで作品をつくっていくのですが、街で遭遇した出来事から、即ストーリーが出来上がったものもあります。それが『白石』(『夢巻』出版芸術社/2014年所収)という作品です。

ある日中野の駅で、酔っ払っている会社員の集団が、『白石!どこ行ったんだー』と、いなくなった白石さんを探してたんです。そこで、「もし僕が『おう!白石だけど』って出て行ったら、どんなことが起こるだろう」と考えてみてできたのが、この作品なんです(笑)」

田丸さんの作品を読んでから歩くと、これまで知っていたつもりの街が、ちょっと違った視点で楽しめそうですね。


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【『夕暮れコレクター』のモチーフになったという中央線沿いの風景】


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【哲学堂公園の脇を流れる妙正寺川。春になると両岸には桜が咲く】


再開発で進化した中野の今

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【2012年にオープンした「中野四季の都市」】


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【コンサートホールや宿泊施設などが集積する複合施設「中野サンプラザ」】


最後に少し、現在の中野の様子と家賃相場について触れておきましょう。

現在中野では再開発が進んでおり、ここ数年で特に北口エリアのイメージは急激に変化しました。かつて中野駅北口にあった「警察大学校」と「警視庁警察学校」の跡地には、オフィスビルや防災公園、明治大学、帝京平成大学のキャンパスなどが集まる「中野四季の都市」もオープン。四季の都市のオフィスビルと中野駅北口はペデストリアンデッキで結ばれました。

また、同じ北口にある中野区役所と「中野サンプラザ」一帯を再整備する計画も進んでおり、竣工(2025年予定)すれば、街の様子はさらに変化していくことでしょう。家賃相場は、ワンルームで7.9万円(SUUMO家賃相場2017年4月12日現在)で、立地のわりにコストパフォーマンスはいいと言えるかもしれません。

今後の変化にも注目していきたい「中野」。まだ行ったことがない方は、田丸さんのショートショート片手にぶらりと歩いてみてはいかがでしょうか。
(取材/鈴木さや香 撮影/中村宏覚)


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今回お話しを伺った方:田丸雅智

田丸雅智

1987年、愛媛県生まれ。東京大学工学部、同大学院工学系研究科卒。2011年、『物語のルミナリエ』(光文社文庫)に「桜」が掲載され作家デビュー。12年、樹立社ショートショートコンテストで「海酒」が最優秀賞受賞。「海酒」は、ピース・又吉直樹氏主演により短編映画化され、カンヌ国際映画祭などで上映された。15年からは自らが発起人となり立ちあがった「ショートショート大賞」において審査員長を務め、また、全国各地でショートショートの書き方講座を開催するなど、新世代ショートショートの旗手として幅広く活動している。著書に代表作『海色の壜』など多数。5/16に新刊『ショートショート・BAR』(光文社)が刊行予定。

公式サイト:http://masatomotamaru.com/ 
Twitter:http://twitter.com/star_crew