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珈琲と散策、たまに焼き鳥。何気ない日々が楽しくなる街「武蔵小山」

著: 難波 里奈 

昔から「商店街」がとても好きで、日常ではもちろん、旅先でも地図で探しては出掛けて歩き回るのが習慣となっている。そこで暮らす人たちが何気なく歩いている場所、というのはそれだけでなぜかほっとする。

今まで訪れた中でも印象的だったのは、日本一長いと言われる大阪の天神橋筋商店街で、1軒目の純喫茶を見つけて喜んだのもつかの間、店を出て歩き出すとまたすぐに次の純喫茶が視界に入り、その度に入店してしまい、1丁目から6丁目まで歩き終える間にはなんと13軒も訪れていた。それでもしらみつぶしにお邪魔出来たわけではなく、行けていない店もまだまだある。心残りはまた次回の楽しみにして、今も機会をうかがっている。

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驚くべき数の純喫茶が軒を連ねる天神橋筋商店街にはかなわないが、私が生まれ育った街にもとても大きな商店街がある。東急目黒線の目黒駅から2つ先の武蔵小山という駅にある「パルム商店街」だ。道幅も広く、歩行者天国も徹底されているので、平日休日問わず、たくさんの人でにぎわっている。八百屋、魚屋、肉屋、靴屋、帽子屋、時計屋など生活に必要な店がそろっていて、今でも必ず訪れる好きな店がたくさんある。

「コミネベーカリー」では、幼いころに大好きな揚げクリームパンを親から買ってもらえることが何より楽しみで、「大人になったら食べきれないほどたくさん買おう」といつも夢見ていた。

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また、商店街の始まりと終わりに店を構え、熱々の焼き鳥が食べられる「鳥勇」も良く利用した。子どものころは持ち帰りで食べ、大人になってからは軒先でビールと一緒につまむのが楽しかった。現在、駅に近い店舗は再開発の影響で違う場所へ移転したが、そちらも変わらずにぎわっている。

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他にも、なぜか軒先で自家製のジェラートを売っている学生服を売る店、欲しいものが数えきれないほど並べられている夢の国にも思えた大きなおもちゃ屋など……。

1人でどこかへ行ける年齢になるまでは、何でも売っているように思える魔法の商店街だった。しかし、年ごろになると流行りのものや好みのものを地元の商店街で買うのはどことなく野暮ったいような気がして、わざわざ渋谷などの繁華街へ出掛けるようになった。それでも日常を過ごすにはとても重宝していて、なんだかんだ毎週のようにここを歩いていた。欲しいものがなくても、ぼんやりしたいとき、暇なときなどに。

会社帰りや休日に必ず足を運ぶ程、自分の中で生活に密接した存在である純喫茶も、昔に比べると減ってしまったとはいえこの街にもいくつかある。例えば、「珈琲太郎」。スーパーマーケットの二階という便利な立地にあるのに、一見どこか入りにくい空気を醸し出しているのか、地元の人でも訪れたことがない人が多いという。しかし、私にとってはこの商店街の中で一番と言って良いほど好きな店である。いつも程良く空いていて、店内中央の書棚にはゴルゴ13を中心とする漫画や雑誌、新聞が多数並べられていて退屈することがない。それを読みながら懐かしい味のする絶品ミートソースを待つ時間は至福。照明が少し暗いところも、「さあ、好きなだけぼんやりしなさい」と言われているようでほっとする。じっと座っているだけで力が満ちてくる気がする空間。

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もう一軒、印象深い店としては、テレビにもたびたび登場し、目を疑うほどの大きなパフェを提供する「王様とストロベリー」。今でも誰かを驚かせたいときに連れて行くことがある。ただし、本当にジャンボサイズなので生半可な気持ちで行くと後悔する。数人で出掛けて完食を目指すのがおすすめ。

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残念ながら閉店してしまった喫茶店として、クラシカルな空間が落ち着いていて好きだった「ナイル」。素敵なデザインのマッチ箱は今でも大切に取ってある。他にも、壁の青いタイルが素敵だったのに焼失して消えてしまった「アライ」、入口に向かう階段の途中で見えてくるバルコニーの淵に腰掛けていた「コーヒーガール」と勝手に名付けた女性の置物があった「団」。どの店も愛されていたが、時の流れとともに思い出になってしまった。

子どものころ、この街になんだか妖しげな雰囲気を感じていたのは、駅前に広がるスナックの密集した謎めいた一帯のせいだろうか。夕方になると艶めかしい灯りが看板に点り、そこを歩くことはなんだかどきどきした。「大人になったらこの扉の中でお酒を飲んだりするのだろうか」などと考えていたことも。近くには美味しそうな匂いを漂わせる小料理屋が軒を連ね、いつまでも当たり前の風景であってほしかったのだが、先日久しぶりに様子を見に行ってみたところ、なんと!再開発という名のもとにその風景は跡形もなく消え去ってしまっていた。

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商店街から少し歩いたところに「林試の森」という緑豊かな公園があることもこの街が老若男女にとって暮らしやすい理由の一つではないだろうか。ぐるりと散策するのにちょうど良い広さの公園内は自然であふれ、鳥の声も聞くことができる。慌ただしい日常からしばし解放される場所として重宝されている。近くの老舗鰻屋からはいつも香ばしい匂いがして、思わずおなかが鳴る。夏の夕暮れにここへやって来て大きな木々の間を歩き回るのがとても好きだった。遠くから聞こえる小さな子どもたちの笑い声をBGMにしてベンチに座って本を読んだり、ただぼんやり空を眺めていたりしていた。

休みの日は商店街の向こうの少し遠い街まで出掛けた。春には自転車で桜並木の遊歩道へ。本当は桜色に染まる道が綺麗なのに、あえてそれが見えない夜に向かう。昼と違って誰もいない街灯の下で、小さな声で好きな歌を歌ったりもした。夏の初めにはずっと名前を覚えられなかった寺へ行き、いつまでも暗くならないような空の下を散歩する人たちをあてもなく眺めては、その「日常」を勝手に羨ましく思ったりもした。根拠はないが、とても悲しい気持ちのとき、他人は皆自分より幸せそうに見えたのだった。

金木犀の花が香る秋には、バスに良く乗った。学芸大学で下車したり、若林まで出掛けては少し歩いてまた戻ってきたり。窓から鮮やかに色付いている景色を流れるように見ているのは心が躍る。三軒茶屋方面と武蔵小山駅を結ぶバスの停留所の名前には、「水車橋」「月光原」「唐が崎」などがあり、綺麗で気に入っている。その停留所を通り過ぎるとき、言葉の持つイメージから勝手に物語を想像しては毎回うっとりしてしまう。いつか目的がなくとも全ての停留所で下車して、この街をさらに好きになるための散策をしようと思っている。

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時間の流れとともに当たり前のようだった景色は変わっていき、訪れる度に新しい顔を見せられてどきっとする。そこで暮らす人たちの利便性を考えると、ノスタルジーを優先させて古いものだけにしがみつくことは良くないことももちろん分かっている。しかし、スーパーマーケットなどのありがたみを理解した上で、個人店で何かを買う楽しみが年々減っていくことを少しさみしく思うのも本当の気持ち。昔から変わらない部分も大切にし、そこで暮らす人たちのこれからも続いていく生活を便利で明るくする新しい要素も大切にしていけたなら……。馴染みの店が入れ替わっていくのはさみしくもあるが、「街が呼吸している証拠」であると思うようにしている。いつ訪れても大好きな武蔵小山の「パルム商店街」がきちんと生きていると感じるのはたぶんそのせいだろう。

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著者:難波 里奈

難波 里奈

東京喫茶店研究所二代目所長。東京生まれ・東京育ち。 現在、日本橋に勤務の会社員でありながら、仕事帰りや休日にひたすら訪ねた純喫茶は1600軒以上に。 ブログ「純喫茶コレクション」に店内の様子や訪問時の記録を綴っている。

HP:http://retrocoffee.blog15.fc2.com/Twitter:@retrokissa