淡い空と水音の隣。手をきゅっと握りしめて暮らす街、盛岡

著: 菅原 茉莉 

わたしの盛岡市民歴は約7年ほどだ。

大学進学を機に一人暮らしをした4年間と、シングルマザーになったことをきっかけにして戻って来た、ここ3年。

3年前に引越し先を考えているときは、正直盛岡に帰ってくるのが嫌だった。

故郷というのは少なからずそういう場所かもしれないが、景色の中に昔の思い出が湧いてくることが辛く感じられたのだ。街の狭さや人の近さが息苦しく感じた。

それでも、誰も知らない土地に住むよりは多少はマシに思えた。過度な期待をすることもなく、盛岡で2度目の暮らしを始めてから3年経った。

普段は子どもたちとにぎやかに暮らしているので、街をのんびりと歩く時間はなかなかない。でも、今日はひとりだ。久しぶりに盛岡の街を、ゆっくり、じっくり歩いてみたいと思う。


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スタートはここ、菜園川徳前。盛岡駅から徒歩で20分ほどだろうか。

西バイパス沿いに新しいお店がたくさんできてにぎわう本宮地区、岩手医科大学の移転を控えた矢幅地区など、中心部より少し離れた場所が活気づいている岩手県だが、盛岡の真ん中といえばやっぱりここ、菜園だと思う。東京で例えるなら銀座の雰囲気に似ているような気がする。

この川徳のロゴ「青いK」は、岩手県民にはものすごい影響力をもっている。

「川徳の包装紙なら、渡す前から喜んでもらえる、間違いない」

昔、職場の上司から何度も言われた。今も昔も、川徳の青いKは「私は、あなたに心を尽くしました」という証なのだ。

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川徳前からコンパクトなスクランブル交差点を渡り、映画館通りへ。

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大学時代は4年間、映画館通りのカフェでアルバイトをしていた。ここはわたしの通勤路であり、通学路でもあった。週に4日間、早朝も深夜もバーカウンターのガラス越しに映画館通りを眺めていた。

新しい映画の公開初日と、川徳のセールがある日には、特に多くのお客様でにぎわうお店。エスプレッソの茶色い香りとミルクの白。師走の気配も、春の足音もこの映画館通りで感じた4年間だった。

あれから10年ちょっと経っている今でも、当時のお客様とすれ違うことがある。いつも頼んでくれていた飲み物と一緒に、交わした会話や笑顔を思い出す。

「濃いめのラテがお好きだったな、今も変わらないかな」

「毎日資格の勉強をしていた方だ。合格証書を見せてくれて一緒にお祝いしたっけ」

「記憶」というのは、自分で編むには並縫いしかできず、途切れ途切れで、他人がもってくれているわたしについての記憶を合わせてやっと、返し縫いして一本の線になるのかもしれない。いつか当時の常連さんと10年前の記憶の答え合わせをしたら、互いに途切れた線がつながるような話ができるのだろうか、などと思いながら、心の中で会釈をした。


映画館通りを進んで行こう。

大通りとの交差点を越えると、左手に見える虹色の屋根。

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生まれて初めての映画を観たのが、このフォーラム。小学生の夏休みで、たしかドラえもんだった。

中学生のとき、初めて男の子と二人で出かけたのもこの映画館だ。何を着ていったらいいのか、何を話していいのか、全部が分からないことだらけだった。

どんな映画を観たんだっけ?と思い出そうとしてみても、内容どころかタイトルすらでてこない。記憶にあるのは、帰り道のこと。西日差す電車の中、隣に座った彼の肩と自分の肩が触れているんじゃないかと気になって、それでいっぱいになった頭の中。それと、橙色に染まったガタンガタンと揺れる車内が美しくて「マンガの中にいるみたいだ」と思ったこと。それだけだ。


フォーラムからまた少し先へ。

路地を左手に折れると赤い小さな明かりが見えてくる。


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じゃじゃ麺の香醬(こうじゃん)

当時カフェのアルバイトを終えると、1週間に2度ほどのペースで、ここに立ち寄りじゃじゃ麺を食べた。

22時過ぎた店内は、飲み帰りの会社員や観光客でいつもにぎわっていた。老いも若きも、混んでいるときは相席になる。いろいろな音と声が飛び交う。まだ大学生だったわたしには耳にも、目にも、舌にも、とにかく有意義な場所だった。


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香醬のメニューは「じゃじゃ麺」、麺を食べた後に卵を溶いて食べる「ちーたんたん」、「ゆでたまご(わたしは頼んだことがないが、麺に混ぜるとマイルドになるそうだ)」。そして「ビール」、これで全部だ。

店内を見渡すと、スーツや作業着の男性、金髪の若者、ミニスカートの女の子。昼間はかけ離れた場所に存在しているような人々が、同じ場所で、「じゃじゃ麺」という同じ食べ物を食べ、うまいうまいと笑っている。店の中の人みんなが隣人のような、同じ釜の飯を食べているような、ちょっと近しい気持ちになるんだ。

うどんよりも、もっちりちゅるんとした食感の優しい平麺に、乗るのはきゅうり、肉味噌、ネギ、紅生姜、おろし生姜。肉味噌にこだわりがあるのはもちろん、きゅうりやネギの切り方も店ごとに違い、シンプルな分だけ細部にそれぞれの店の個性を感じることができる。


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香醬の卓上にはラー油、塩、胡椒、一升漬け、七味、酢、にんにく、そして卵が並ぶ。一升漬けは、南蛮、麹、醬油を一升ずつ漬けたもので漬物、というよりは調味料だろう。辛さはピリッと短く潔く、これが香醬のじゃじゃ味噌と本当によく合うのだ。

わたしはじゃじゃ麺が大好きなので、他の店にも行かないわけではないが、気づくと香醬に足が向かうのはこの一升漬けが恋しいからかもしれない。

じゃじゃ麺がテーブルに届けられると、調味料で好みの味に仕上げる。辛いのが好きな人は「ラー油、唐辛子、一升漬け」。がっつりと食べたい、翌日休みの人は「にんにくたっぷり、味噌も追加」、あっさりと食べたい人は「塩と胡椒、酢をひと回し」。組み合わせは無限大だ。

初めて一緒に食べに行く人がどんな味付けにするのか、それをみるのも楽しみだった。「ご飯を食べる姿で人となりが分かる」、とよく聞くが、アレンジの自由度が高いじゃじゃ麺はなおさらそうだ。

そして、味を「ああかえろ、こうかえろ」とお店の人に言わずに、でてきたものを黙って自分で調味して、好みの味にしていくところは、ちょっと照れ屋で口ベタの盛岡人にぴったりの料理だと思う。


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しめには、あったかい「ちーたん」(正式にはちーたんたんなんだけど、みんなちーたんと呼ぶ)を。

冬の盛岡、夜になるとマイナス10度をあっさりと下回る。寒くて痛い。香醬の入り口にある扉が外の吹雪でガタガタと音を立てる。その音を聴きながら食べるちーたんは、なおさらあたたかで、離れがたいものだった。


香醬の赤い暖簾をくぐり抜け、水音のそばを歩きたくなったので川のほうへ。

盛岡の中心部には雫石川、北上川、中津川という3本の川が流れている。

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盛岡駅のすぐそばにあるのが、北上川にかかる開運橋。「二度泣き橋」という別名を持つ。

盛岡に引越してきて間もない人がこの橋を渡りながら「一人で、こんなに遠くまで来てしまった」、と涙を流すのが一度目に泣くとき。二度目は再び引越すことになったときで、盛岡の人の温かさ、食べ物の美味しさ、住みごこちのよさに涙が出るほど離れがたくなる。

そんなエピソードが別名の由来になっているらしい。


そんな開運橋の下には……


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遊歩道がある。開運橋を背に、ゆっくりと歩き出す。


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先のほうに見える茶色い橋が旭橋。そのさらに奥の山が岩手山だ。この日は桃色のバラが道の右側を彩っていた。

ここの花壇は、春も夏も季節の彩良い花々が植えられていて、川沿いを歩く時間をより楽しくしてくれる。昼は清々しく爽やかで、夕方を過ぎたころにはなんともロマンチックな雰囲気の一本道だ。

20歳そこそこのころのわたしは、この橋にそんな悲しげな別名が付いていることは知らなかった。だけど盛岡駅に向かうこの橋は、渡り切ったら好きな人と会えない時間がまた始まってしまう、寂しさの象徴のような橋だった。

あのときこの橋の別名を知っていたら、もう少し親近感が湧いたかもしれないな。

こっちは寂しい、悲しい気持ちでいっぱいなのに「開運橋」なんてあっけらかんとした、めでたい名前が付いているものだから「なにが開運だよ」、と悪態をつきながら渡った。

見送るときに橋の上で泣き、帰りもまた橋で泣き、川沿いの遊歩道を一人で歩きながらまた泣いた。わたしにとってはこの遊歩道も含めて「三度泣き橋」だった。



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旭橋までたどり着くと、すぐ右手にあるのが材木町の商店街。迎えてくれるのは「イーハトーブ」の名付け親、宮沢賢治だ。

宮沢賢治の「注文の多い料理店」を出版した光原社の中庭は心地がよく、ときどき散歩に立ち寄るんだ。


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川を背に階段に小さく腰掛け、一息。背中からはかすかに、北上川の水音がする。右側には、「雨ニモマケズ」など詩歌が飾られている。水音の潤った音と、もみじの葉の渇いた音が混じり合うなか、少しの間、壁の詩歌を目で追いかける。


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そうそう、ここは中庭での時間もいいのだけれど、お店で売っている「くるみクッキー」が優しい味で、ちょっと元気をもらえて、自分へのご褒美に最適だ。

この材木町では、毎週土曜日「よ市」が行われている。夜に屋台が出る「夜市」ではなくて、「よ市」。夕方暗くなる前までの時間、お祭りのような空気が楽しめる。田楽、おでん、海の幸の炭火焼……。どれも安く、おいしく、大満足だ。

さらに満足度を上げるなら、車は家に置いてくるのがいい。ビールを飲みながら屋台をはしごするのが最高なのだ。よ市の常連客はガラスのマイジョッキを持って材木町を歩き、話し、食べて、呑む。バス停もすぐ近くにあるし、べろべろに酔っ払っても大丈夫、大丈夫。なんとかなる。

よ市は冬期間お休みなのでご注意を。暖かい季節の土曜に岩手へ来たらぜひ出かけてみてほしいイベントだ。


さあ、材木町から、東へ。

もう一本の川、中津川にかかる中の橋だ。

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中津川にも遊歩道がある。開運橋の下ほど整備はされていないが、のんびりと考えごとをしたり、おしゃべりをするには最適。

「川沿いを歩くデートの良さ」って正直言うとあんまり分からなかった。

でも、そこそこ年齢を重ねてみて心底思うのは、のんびりと歩き、互いの心の歩調を合わせるような静かな時間が、長い年月をともにするには大切なんだということ。今はそんな二人を川沿いでみかけると、なんて素敵なのだろうと憧れる。

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中の橋から上の橋まで、川沿いを歩く。

少し風が冷たいが、頭の先だけ色が変わったイチョウの木や、中津川に毎年帰ってくる鮭を見に来た人たちを眺めながら歩いていると、「季節」という曖昧なものの輪郭が見えてくるようだ。

季節の移り変わりをいち早く知るには、ここを歩くのはおすすめだ。テレビのニュースより、Twitterより、正確だし、なによりとっても心地よいはずだ。


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上の橋から、また街中へ。この辺りは紺屋町と言って、昔ながらの街並みが残る場所だ。

川沿いを歩いていたら手の先っぽが凍えてきた。ちょっとあったまりたいなあ。(盛岡の方言だとあったまる、は「ぬぐだまる」、だ)

近くに美味しいコーヒーが飲める場所があったのを思い出す。老舗の喫茶店、クラムボン

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ふわふわのパンとコーヒーで、ああ、ぬぐだまる、ぬぐだまる。

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クラムボンをでて、また上の橋から中の橋方面へ。今度は中津川の反対岸を歩く。

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向かって左手にあるのは、喫茶店ふかくさ。こちらも盛岡では老舗だ。

ふかくさにはお店の中にピアノがある。そのすぐ近くの席から川側にある窓を眺めると、中津川の景色が一つの絵のように四角く切り取られる。暖かい日は窓が開いていて、川からの風が店内に満ちる。季節とコーヒーを共に味わえる贅沢。そんな時間をもらえるお店だ。


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ふかくさの入り口そばには、宮沢賢治が大好きだったという「ぎんどろの樹」。葉っぱの裏が白くふわふわとしていて、日に当たると銀色に光って見える。シルバーリーフ、という種類の葉っぱだそう。

思い返すとわたしの母校の制服は、セーラー服で右の後ろに銀色の葉っぱが描いてあった。(高校生だった当時はこれがぎんどろだとは全く知らなかった。お恥ずかしい)

肩にあの葉を模した刺繍を、ひらひらさせながらすごした3年間。その思い出を反芻しながら、盛岡城址公園まで歩く。


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この日は紅葉が見ごろだった。沢山の人がカメラを持ち、木を見上げ笑っていた。

秋もいいが、春は春で桜がモコモコと咲いて、お花見客でにぎわうんだ。


「不来方の お城の草に寝ころびて 空に吸はれし 十五の心」


階段を上りながら、国語の教科書で何度も読んだこの短歌を思い出す。

不来方、は岩手県にある地名の一つで「コズカタ」と読む。啄木が20代半ばの頃に、15歳を思い出して詠んだ歌だと言われている。15歳の啄木はこの盛岡城址公園の草の上に寝ころび、盛岡の淡い水色の空を眺めたのだろうか。

そう、空の色と言えば、わたしは10年ほど岩手を離れているあいだ、「岩手の空は特別なんじゃないか」と思ったことが何度もある。

同じ日本の空なのにそんなことあるかな?と自分でも少し思うのだが、岩手の空の色は少し頼りないほどの水色に見えるのだ。よその空はもっと元気に青くて、力強い。(これを読んだ後で他県から岩手に来る機会があったら、是非空の色を見比べて、どうだったか教えてほしい)


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石川啄木を見習い、わたしも秋空を見上げた。

今よりもっと生身で、危なっかしかったころを思い出してみる。

年齢を重ねて少しはマシになったかなあ。

そうでもない、あいかわらずだなあ。

気づくと秋風の中、首が痛くなるまで空を見上げていた。

盛岡の空が淡く頼りなくてよかったなあ。表にだせないようなドロドロした気持ちもこの空に向かってなら吐き出せる。よその空みたいにきちんと立派だと、かっこ悪いところは見せられない。

そんなことを思い、秋の盛岡城址公園を後にする。


川徳に駐めてある車に戻る前に、何件か寄り道をしよう。盛岡城址公園を背に、川徳の一本北にある通りを盛岡駅方面へ歩く。

わたしは盛岡のなかでも、この通りに並ぶ店たちがとびきり好きなんだ。3年前から、買い物も、髪を切るのも、お酒を飲むのも、この界隈だ。


服や小物はこちらの、「Licht(リヒト)」

少し前にワークパンツを買ったとき、大人なのにおもわず試着室で屈伸、ジャンプしてしまった。曲げて跳ねてみたくなるほどに着心地が良かったからだ。ダボっとしすぎていない、でもどこも締め付けられない。毎日洗ってもくたびれない頑丈さも、お気に入りだ。

リヒトは、つくり手の気持ちをきちんと洋服に乗っけて、私たちのところまで届けてくれる。そして、「わたしも背筋を伸ばし、長く大切にこの服を着ていこう」と思わせてくれるお店だ。

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リヒトを出て、川徳方面を見ると何件か先に「p」と書いた赤い看板がある。ここは筆記具のセレクトショップ「pen.」。

ガラスの中に並ぶ色も形も個性的なペンを見ていると、時々ひときわキラキラと見える「これは!!」という一本と出会える。そうすると、カメラのピントを合わせたときみたいに、その一本だけがくっきりとみえるから不思議だ。


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昨年買ったペンが何本かあるが、そのなかでも考え事をするときによく使っているのがjapen®(ジャペン)。岩手の漆を使ったペンで、蒔絵で自分の好きなイラストや文字を自由にいれられるオプションがある。わたしが描いたイラストは北極星をイメージして星一つ。

「北極星のように迷わず目指す何かを見つけたい」、まだ会社員だった去年の誕生日に願掛けのように描いた。

1年が過ぎてみて、今こうしてライターとして記事を書かせてもらっているのだから、あの願掛けは叶ったということだろうな。


pen.を出て、歩き始めた菜園に戻ってきた。

川徳の駐車場で留守番させていた車に乗り込む。シートがひんやり冷たい。

菜園のこじんまりとしたスクランブル交差点の信号は赤色で、ハンドルに顎を乗せ、交差点をのんびりと渡る老若男女をぼんやりと眺めていた。

すると、右側から一人、左側から一人。向かい合って交差点を渡り始めたご婦人二人が、ゆっくりと近づいていき、ちょうど真ん中で再会を驚き、喜び、またゆっくりと反対方向へ向かっていった。


信号が変わるまでの短い時間。でもこれ以上ない「盛岡らしい」一瞬だった。


人口は30万人ほど。決して大きな街ではない。だからこそ、交差点の真ん中で思いがけず知り合いに会うこともある。

わたしがおばあちゃんになっても通いたいと思っている、リヒトやpen.のような店を全部回るとしても半日あれば十分。狭い半径の中にお気に入りが、コンパクトに集まっている感じだ。

3年前には嫌だと感じていたこの土地の狭さ、人との近さ。一日歩いてみて、その親密さに対して心地よさを感じていることに気づく。

盛岡の冬は痛いほど寒いし、灯油代もかかる。夏だって関西、関東の人がイメージするほど涼しくはない。電車やバスの時刻表は都内に比べたらスカスカで、車のない生活はキツイ。もうちょっとなんとかならないのかなー、と思うこともいっぱいあるし、都会のようにたくさんの刺激にあふれているわけではない。

でも、だからこそ目移りせずに「今、手の中にあるもの」がちゃんとわかるし、それを大切に扱いたいと思える。


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今日一日歩き回って聴いた、やさしい川の水音。見上げた、淡い水色の空。

思い浮かべると、わたしの物語の中にある苦い記憶のページも、甘い思い出のページも「なんだかいい塩梅かもなあ」と思えてくるから不思議だ。

自分が癒される人や店や場所を、きゅっと手の内に握りしめられる近さと、その握りしめたモノに支えられながら暮らす穏やかな毎日がここにはある。

これからも盛岡で、子どもや自分が編んでいく物語を楽しみに暮らしていきたい。



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著者:菅原 茉莉

菅原 茉莉

盛岡在住。聴くこと、書くこと、撮ることで「伝わる」をお手伝いしています。

Twitter:@haledays

※記事公開時、「盛岡城跡公園」の表記にぶれがありました。読者様からのご指摘により、12月20日(水)17:30に修正いたしました。ご指摘ありがとうございました。