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「ホームタウン」のつくり方 〜懐かしさと刺激が共存する街・吉祥寺〜

関東 PICKUP 東京都 吉祥寺駅
著: kobeni 

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17の時に上京し、初めて下宿した街が中央線沿線の三鷹だった。吉祥寺は自転車で行ける距離だったので、休日によく遊びに行った。9月、この文章を書くにあたって、久しぶりに吉祥寺を訪れてみた。あいにくの雨模様だったけれど、さまざまな思い出がよみがえる、濃いひと時だった。

上京して初めて中央線に乗ったとき、停車する一つひとつの駅が個性的でとても驚いた。三鷹、吉祥寺、西荻窪、荻窪、阿佐ヶ谷、高円寺…それぞれに「こんな街」と描写できるだけの個性があると思う。クラムボンの「麗しのキスシーン」という曲に、「阿佐ヶ谷の改札で」という歌詞がある。ただの「改札」が、それなりに情景を呼び起こせるモチーフになるなんて、非常に「東京的」なことだ。私が生まれ育った名古屋(のさらに片田舎)では、一つひとつの駅はもっと無個性で、描写など不可能なくらい似通っていた。

大学の入学式の日、中央線に揺られながら私は写真を撮りまくった。「新堀ギター」の看板とか、道幅は狭いのに(名古屋は道幅がとても広い)妙に歴史を感じる街路樹とか、中野の駅前にある「おやき」の店だとかを。なぜこの街は「おやき」の店があんなにクールに見えるのだろう。もちろん「上京ハイ」もあったとは思うけれど。

上京してからしばらく、私は地元の名古屋に「帰る」という表現を使っていた。三鷹に住んでいながらも、気持ちは名古屋に置いてきていたように思う。

大学の授業が始まると周囲のクラスメイトがみんなアルバイトを始めたので、自分も真似をして、塾の講師の面接を受けに行った。けれど不採用だった。今ならその理由は分かる。見た目も態度もあまりに不真面目だったからだ。塾の講師に必要なものが分かり、それに見合った服装や言動を取る常識と社会性が私にはなかった。その後飲食店でバイトを始めて、クビになったこともあった。それもやっぱり、見た目や態度が不真面目だったからだと思う。

大学の授業は早々に終わってしまうので、場合によっては昼過ぎからヒマになる。それでも一年の夏までは、地元に帰って高校時代の友達と遊んだりして、だましだまし暮らした。だが夏休みが終わり秋が来て、空が遠く高くなり、日が暮れるのが早くなるにつれ、私は調子がおかしくなっていった。寂しい。寂しい。どうして寂しいのか分からない。でも寂しい。ご飯食べなくちゃ。つくり方が分からない、面倒くさい。今日もみんな、サッサとサークルやバイトへ行ってしまった。学校には居場所がない。でも帰りたくない。ひとりの家に帰りたくない…… 

そんなある日、1Kの下宿のドアを開けるや否や涙が止まらなくなった。親に電話すると「帰ってらっしゃい」と言われた。心配した母親は私をメンタルクリニックに連れて行った。医師は一言「ホームシックですね」と言った。

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布団をかぶって泣き暮らしていた冬休み、私は、これまで自分がどれだけ「家族や、地元の友達」に守られてきたのかを思い知った。そこにあって当たり前だと思っていた環境は、人間関係は、実はとんでもなく得難いものだった。学校が終わって、ミスドでダラダラとダベってくれる友達がいること。帰り道になんとなく寄り道する、行きつけの本屋があること。家に帰れば親が、あったかいご飯や布団を用意してくれていること。「ホーム」とは、「ホームタウン」とは、そういうものを意味するのかもしれない。そもそも東京は憧れの街だった。勇気を出して上京したんだ。他の人にとってなんてことない東京での一人暮らしが、私には難しいことだった。

けれど諦めたくはなかった。上京するために努力してきた自分に悪いと思った。私は、あの小さな1Kの部屋を「ホーム」にできるか。東京を「自分のホームタウン」にできるのか。新しい街で暮らすって、そういうことなんじゃないのか……。

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気をとり直して、大学二年の春。私はまず吉祥寺の「サンロード」の中にある居酒屋でバイトを始めた。ちょっとは常識も身についてきて、「シフト、たくさん入れますから」とか言ったら、面接に受かった。バイト先には年齢もバラバラのいろんな人がいて、週末はお店を閉めたあと朝までみんなでワイワイやる日もあり、なんだか新鮮だった。

それから、白い無印良品の自転車を買った。週末には、三鷹から玉川上水沿いに吉祥寺方面へ自転車を走らせる。井の頭公園を横目に見つつ、「いせや総本店」(焼き鳥屋)からモクモクと出てくる煙の下をくぐり抜け、吉祥寺駅のPARCO側へ。路地を何本か入ったところにある「カーニバル」で、好きなデリをいくつか選んでお弁当にしてもらう。そして駅の反対側、公園口のほうにまわり、井の頭公園でのんびりお弁当を食べるのが、お気に入りの過ごし方になった。

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吉祥寺は本当におもしろい街だ。なかでも井の頭公園は大変に東京的な場所だと思う。都心には緑が少ないから、公園は人々からの大きな期待を背負っているように感じる。そこは単なる「緑地」ではない。それぞれ歴史があって、特徴がある。ニューヨークのセントラルパークなんかも、きっと「都市生活者の期待を一身に背負った公園」といった趣なんだろうな、と思う。

公園口側にも「いせや」があるのだが、私が暮らしていたころは改築前で、古くてボロい旅館のようなたたずまいだった。その隣にはピカピカしたスターバックスがあり、外国人カップルとでっかい黒い犬がリラックスしていたりする。ボロいのになぜかクールな店がここにも、である。ちなみに2016年の井の頭公園では、雨の中をたくさんのポケモントレーナーがウロウロしていた。アプリを立ち上げると、ちょっと引くぐらいコダックが居た。巣でもあるのかもしれない。

「いせや」の並びには、「チチカカ」「むげん堂」などエスニック系の服屋がある。大学生のころはよくここで、1000円くらいのワンピースを何枚も買っていた。古着屋の「Santa Monica」なんかもある。純喫茶風のコーヒーショップやドーナツ屋などいろいろあるので、このあたりでショッピングするのも楽しい。

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PARCO側についても、もう少し紹介しておこう。大きな商店街「サンロード」の中をよくフラフラしていたのだが、そこにはいつも行列ができているお肉屋さん「さとう」があった。今もあるのかな?と行ってみたら、案の定まだ行列ができていた。揚げ物は、主婦でも自宅でなかなかやらない昨今ではあるけれど、ひとり暮らしの自分のためにキチンとした揚げ物を買って食卓に並べる、そういうことで私は毎日を立て直していったように思う。

同じくサンロードの中にある「ハモニカ横丁」は、吉祥寺らしさそのものと言ってもいい場所だ。おしゃれなアメカジ専門店、気弱そうなおっちゃんが店先に立つ魚屋、爆音でレゲエがかかるBAR、昭和の赤提灯……みたいな店が混在し、ひしめき合っている。夕暮れ時からもう飲んでいる人たちがたくさんいて、ここに行きつけのお店があるんだ、うらやましいなと思ったりした。

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私が週末ごとにボーッとしていた井の頭公園は、敷地内に動物園や、いくつかのカフェと飲食店、ジブリ美術館もあるくらい、実はとても広い。なかでも私は園の外れのほうにある、住宅街に隣接したちょっと地味なエリアが好きだった。夕暮れ時に、まだよく知らない土地で、特に知り合いも住んでない住宅街を眺めていると、ここもまた誰かの「ホーム」であるということが、とても不思議に感じられた。「ああそうか、みんな家に帰るんだな」「それぞれ家族が待つ家に帰るんだ」と、私ひとりが旅人のような気持ちで眺めていた。さあ、私も帰ろう。と、自転車をこいで、公園を後にする。今日の夜ごはんは、コロッケだ。

大学では映画サークルで映画を撮り始めた。ロケを井の頭公園でやったり、サークルの友達と夜遅くまで公園で語り明かしたりした。そんなことをするうちに、だんだんと、「ここが私のホームタウンだ」と思えるようになっていった。長い休みを実家で過ごしても、「じゃあ私、そろそろ東京に帰るね」と言えるようになっていったのだ。

故郷の名古屋で暮らした時間を、東京で暮らした時間が超えてしばらくたつ。故郷にはもう親も住んでいないし、帰る実家もない。それでも、心の中にはいつまでも、かつて「ホームタウン」だった名古屋がある。

懐かしさと刺激が共存する吉祥寺という街で、私は新しい「ホームタウン」のつくり方を覚えた。その体験は、「私は自由で、どこにだって行けるんだ」という自信を与えてくれた。いま住んでいる街は、もういくつめだろう。旅をしているような気持ちは、実は今でも消えていないけれど、今の私はもう寂しくはない。

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著者:kobeni (id:kobeni_08)

kobeni

ブロガー。主に仕事と育児の両立等について、「リクナビNEXTジャーナル」「日経Woman online」などに寄稿。「タウンワークマガジン」にて連載中。仕事は広告・インターネット関連です。8歳と3歳男児の母、現在も東京在住。詳しいプロフィールはこちら http://kobeni.hatenablog.jp/about

ブログ:kobeniの日記 Twitter:@kobeni