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いつか住みたい海の見える街「鎌倉」

著: 羽佐田 瑶子 
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海の見える街に住むのが夢だった。きっと『魔女の宅急便』に憧れていたからだと思う。窓から潮風と近所でパンを焼くにおいが香ってきて、目が覚めて、休日は目の前に広がる海を眺めながら本を読み、ダラダラと過ごす。窓の外から気になる子が声をかけてくれたりして、自転車で二人乗りをして、坂道をかけおりてみたかった。

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初めて鎌倉駅に降りた時は、その街がもつ歴史や古都感のようなものに圧倒されてしまい、海の匂いをかぐこともなく見たい神社仏閣を効率的にまわって、そそくさと帰ってしまった。部外者、観光客としか迎え入れられていないような気がして、居心地が悪かったのだろう。

しかも、土日の鎌倉の昼間は恐ろしいほど混む。鶴岡八幡宮や大仏様など、著名な神社仏閣や小町通りや江ノ電は、お祭りかと思うほど人でごったがえす。いち観光客であったころの私は、その人混みの中を通ることがお決まりであったし、たいがい朝に着いて夕方には疲労困憊で東京に戻りたくなり帰る、という時間を過ごしていた。

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そんななか、6年ほど前、鎌倉の神社仏閣に通うのが好きな私に友人が声をかけてくれて「フリーペーパー KAMAKURA」をつくることになった。フリーペーパーのメンバーのほとんどが、鎌倉が地元だった。撮影や取材のたびに彼らに教えてもらった、知らなかった路地裏やお店を行き来し、多くの地元の方と出逢い、私の鎌倉に対するイメージはいい意味で庶民的になった。ああ、ひとが暮らしている街なんだ、と。

17時を過ぎると、日没とともに小町通りのお店は続々とシャッターを降ろし始め、夜の鎌倉タイムが始まる。学校に通いながら年4回というペースでフリーペーパーを発行していたため、普段は駅と小町通りの路地を一本入ったところにある編集作業場の往復だったが、仕事の後は一杯飲もうと、夜の鎌倉にくりだすこともあった。

人が帰路に向かって鎌倉駅に歩いていく方向とは逆、夜の鎌倉へ繰り出すのはちょっとした優越感があった。昼間の混雑から一変した、しんと静まり返る小町通りを見ることができるからだ。昼間は肩をぶつけながら、下を向いて足早に通り過ぎる通りも、夜は誰もいない。思わず踊りたくなったり、酔っ払いたくなるのは私だけじゃないはずだ。

路地裏に入り、ぽつぽつと光るネオンを頼りにお店をのぞくと、狭いお店の中に人が密集して笑いあっている。みんな大人っぽかったし、品よく飲んでいる。

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立ち飲みデビューは、御成通りにある高崎屋本店の角打ちだった。酒屋なので豊富な日本酒のレパートリーと400円ほどの安さに興奮抑えられず、せっかくなら……と1杯目から日本酒を飲んでいた。おつまみも、チーカマや缶詰などどれも数百円という安さだ。

おいしいか、おいしくないかはまだあまり分からなかったけど、のんびりした雰囲気のなか、いつの間にか仲良くなった隣の人と飲むお酒は贅沢に感じた。大人になったら言ってみたかった「おごるよ」というひと言も気軽に言えてしまうくらいに気持ちがよい夜。

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小町通りの路地裏へ戻り、何軒かお店をはしごする。ヒグラシ文庫、鎌倉チャンプル、企久太、ひら乃、クルベル・キャン、バー・ラム。はじめは地元じゃないという感覚からとても入りづらかったが、入ってしまうと結構みんなウェルカム。もっと高飛車でプライドが高い人たちが多い街だと勝手に思っていたが、優しい人が多い街だと知った。何軒もはしごしているうちに再会し「また会ったね!」なんて言葉をかけ合うこともあった。

「はじめまして」と何度挨拶をしただろう。肩書や職種を聞かれることは少なく、どんな仕事内容で、どんなことが好きかという“私の考え”をたくさん聞かれて、たくさん答えたと思う。伝統工芸が好きで、幼いときから能を習ってきたこともあって、日本の魅力を文章で伝えていきたい。書きたい。今思えば恥ずかしいほどつたない言葉を、とても真剣に聞いてくれた。そして、オトナたちも自分の考えを語ってくれた。

写真を撮りたい、絵を描いている、まだやりたいことは見つからない。オトナが、自分らしい人生を歩むためにもがく姿を恥ずかしげもなく思いっきり見せてくれたことは、私の勇気にもなった。イラストの仕事が順調ではなく、両親から定職に就けと言われていた女性は「やりたいことやらないと、死ぬ」と言って、あの晩泣いていた。もっとこうしたらどうか、知り合いのお店でイラストを飾れるかもしれないから聞いてみよう、その涙をぬぐうように、いろんな人がいろんな頭を使って彼女の次の道を考えていた。年齢を重ねれば悩み事が減るなんて嘘だけど、一緒に解決してくれる仲間は増えるのかもしれないと、私はあの涙を見て思った。

年齢や立場を超えてつながる夜の鎌倉のコミュニティはあたたかくてなんだかまあるい場所で、素敵なオトナがたくさんいた。簡単に呼び捨てで名前を呼んでくれるのも、うれしかった。

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どうして水着なんて肌露出の多いものを着られるんだろう、とか思ってしまうインドア女子にとって、夏の海は疎遠だった。

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だけど、材木座の「Asia」は人が密集している由比ガ浜側とは逆にあり、ゆったりとしていて、私服の方や家族連れも多く、海の家というよりは海沿いの開放的なバーに寄ったような雰囲気で居心地がよかった。海側に向かうテラス席に座り、18時ごろからぼんやりと夕陽を眺める。海の色が静かに変わっていく景色は、何度も、何度も見たのに美しい。

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「いちばん好きなのは、夜の海。悲しいことがあったときにね、坂の下あたりにある海岸沿いの坂に寝そべってみると、波の音しか聞こえなくて、大きな海に包まれているような気持になるの。そうしていると、自分の悩み事も小さく思えてきて、おおらかな気持ちで自分と向き合える。そんな時間が好きなんだ」そう言って、メンバーの子がある日、夜の海に連れ出してくれた。

誰もいない海。静かで、真っ暗。でも全然怖くなかった。どこか懐かしい波の音を聞きながら、海岸沿いのコンクリートの坂道に寝転がって目をつぶった。頭の中では、憧れの暮らしのイメージとともに松任谷由実の「やさしさに包まれたなら」が流れていた。

海を目の前にすると、誰しもが大きな気持ちになるのだろう。誰にも、何にもしばられず、好きな人と好きなことして生きていきたい。そう教えてくれた鎌倉のオトナたちは、みんなきっと一度は夜の海を訪れたんじゃないかと思う。想像することは自由、目にうつるすべてのことはメッセージ。潮の香りを身体にまとって、口ずさみながらゆっくりと海岸線を歩いた。

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きっと今晩も、誰かがどこかのお店で肩を並べて語り合っている。「そんなに形にこだわらないの。大切なのは心よ。そしていつも笑顔を忘れずにね」なんて、キキのお母さんの言葉を海の見える街で誰かに言えたら、私もオトナになれるのかもしれない。いつか、この街に住んでみたい。

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著者:羽佐田 瑶子

羽佐田 瑶子

日本文化と食と寅さんを愛する87年生まれのライター。47都道府県制覇。地方の文化や食、職人からアイドル、少女漫画、映画などサブカルチャーから伝統文化まで幅広く執筆。訪日外国人向け媒体、カルチャー誌、フリーペーパーKAMAKURA、The Shonan Mag、SENSORSなど。好きなものは、美しくてロマンチックなもの(短歌や岡崎京子や日本民藝館)

ブログ:Yoko Hasada Twitter:@yoko_hasada