極私的池袋探訪

著: メレ山メレ子 

 前に住んでいた街、池袋を半日かけて歩いてみることにした。

 池袋にいたのは、もう10年ほど前のことだ。大学3年生から学部卒業後にかけて、2年弱という短い思い出でしかない。でも、今までの住居生活のなかでも九州の実家と同じくらい思い出深く、懐かしい場所だ。

 JR・東京メトロ・西武鉄道・東武鉄道が乗り入れるビッグターミナル。「不思議な不思議な池袋~ 東は西武で西・東武~」とビックカメラのCMソングにもあるとおり、東口に西武百貨店・ロフト・パルコ、西口に東武百貨店とマルイを抱えるデパート天国だ。サンシャイン通りの混雑もあって喧騒のイメージが強い街だが、少し駅から離れるといろいろな顔を見せてくれる。

1. 池袋チャイナタウンにて

 池袋駅に着いたのは昼過ぎのこと。まずは腹ごしらえすることにする。

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 気取らずボリュームのある、東北系中華のお店「永利」。池袋といえばラーメン店が有名だが、わたしはここの担担麺が好きでよく来ていた。つい、生ビールのジョッキも一緒に頼んでしまう。昔はこんなに酒好きではなかったはずなのに……。

永利(えいり)西口店

 池袋駅北口の周辺には、美味しい中華料理店や中華食材を商う店が並ぶチャイナタウンが広がっている。上京してすぐ横浜中華街には行ったことがあるが、池袋に越して来るまで、ここのことは知らなかった。

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 めちゃくちゃ辛い本格的な四川料理を食べたいなら、知音(ちいん)食堂だ。

 円卓を囲んでワイワイする地下食堂なので、大人数でないとなかなか堪能できないが、どれもこれも容赦ないスパイスの味がしてすごく美味しい。写真を撮っている間にも、3人の男女が「あとでおしりが怖い……」と言いながら店に吸い込まれていった。

知音食堂

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 池袋北口を出てすぐのところにある、真っ赤な看板が目立つ「陽光城」では、乾麺や調味料など、さまざまな中華食材が売られていて目にもにぎやかだ。ここであれこれ買って帰って、使い方を調べながら調理しても楽しいかもしれない。

2. 街外れの静けさ

 北口から東口方面に地下道を抜け、いつも騒がしいビックカメラの前を通りすぎ、明治通りを北東に進む。10年前に住んでいた、上池袋のアパートを見てみるのだ。

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 転入・転出の際にはお世話になった豊島区役所は、当時からすでに古さが感じられたが、ついに南池袋への移転が完了して現在は抜け殻になっている。この跡地も再開発対象となり、2020年ごろにはオフィスやシネコン、ボカロ劇場といった“7つの劇場”を含む巨大なビルが建つらしい。

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 首都高とぶつかる大きな交差点・六ツ又陸橋の信号を渡って少しすると、池袋駅から大きくカーブした山手線・湘南新宿ラインを眺められる堀之内橋がある。線路の向こうに見えるのは、豊島清掃工場の巨大な煙突だ。焼却炉の排熱を利用して、近くに建つ豊島区立健康プラザとしまのプールに温水を提供しているらしいが、わたしは通ったことがない。堀之内橋を渡ると、辺りは一般的な「池袋」のイメージとは遠い静かな住宅街になる。

 住んでいたのは、池袋駅徒歩15分・家賃7万5000円の物件だった。前の部屋を騒音に耐えかねて出ることになり(壁と天井が薄いアパートで、上階の住人が「太鼓の達人」を買ったのが決め手だった)、部屋を探すことになった。「そんな条件の部屋はありませんよ」と不動産屋の親父さんに文句を言われながら、物件情報の分厚いバインダーを奪い、39平米という部屋の広さに引かれて選び出したのだ。

 当時すでに築40年を超える鉄骨造、エレベーターなしの3階、洗濯機はベランダ置きの和室1DKアパートだったが、最上階の角部屋だ。何より隣の部屋との間には広い押し入れがあって、騒音問題には二度と悩まされなかった。

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 徒歩5分圏内にコンビニ・八百屋さん・小さめのスーパーがあって、生活圏は意外とコンパクトにまとまっている。銭湯と図書館が近いのもうれしかった。九州出身のわたしは「池袋」という響きになんとなくビビッていたのだが、アパート周辺の静かさと池袋の利便性がだんだん気に入りはじめた。夜の23時に家を飛び出しては駅前のネットカフェに行き、ナイトパック1500円でひと晩漫画を読み漁り、朝になったら家に戻ってぐっすり眠る、なんていう気晴らしも覚えた。

 さすがにもう建て替わっているかもしれないと思いながら向かってみたら、アパートはそのままの姿で、そこに立っていた。やや西日がきつい部屋のベランダに、今の住人のピンチハンガーが下がっている。その瞬間、すごく妬ましい気持ちになった。

3. 鬼子母神の境内で

 六ツ又陸橋に戻り、今度は首都高に沿って雑司が谷の鬼子母神に向かう。

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 途中でサンシャイン60通りに差しかかる。大勢の人が東急ハンズと、その下にあるサンシャインシティへの地下通路に吸い込まれていった。東急ハンズに徒歩で通える環境というのも、住んでみるとじわじわと実感する便利さのひとつだった。ハンズや西武デパートの園芸売り場をウロウロしては、プランターを買ってきてベランダで朝顔を育てていたこともある。

 サンシャイン水族館やナンジャタウンには上京した友達をもてなす際によく行ったし、シティ内の催事場で開かれる鉱物などのイベント即売会も楽しかった。サンシャインの西隣、同人誌ショップや執事カフェのある一画が「乙女ロード」と呼ばれはじめたのも、わたしが大学生のころだ。

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 雑司が谷近辺の路地は曲がりくねり、池袋駅東口から徒歩10分足らずとは思えない静けさが広がっている。方向音痴のわたしは今でも、Google Mapなしに歩くのは難しい。そもそも、上京時にGoogle Mapがあれば、どれだけ東京の道を迷わずに満喫できたことか……。

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雑司ヶ谷 鬼子母神堂
 
 鬼子母神堂は、お参りに来た人たちで思いのほかにぎわっていた。境内には「日本で一番古い駄菓子屋」とされる1781年創業の「上川口屋」がある。毎週日曜と8のつく日には、大国堂でおせんだんごが売られているので散策のおやつにしてもいい。

 同じ敷地内には武芳稲荷があり、小さな赤い鳥居に囲まれてイチョウの大木が立っている。樹齢700年、幹周りは11mもある雄株・大公孫樹だ。秋には黄色く色づいた葉で辺りが染まる。

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 当時撮った写真はPCが壊れたりしてほとんどないが、Flickrに秋の大イチョウの姿がかろうじて残っていた。

 当時は暇はあっても金がなく、趣味といえばコンパクトカメラやLOMOを持ち歩いて近所の猫などの写真を撮ることくらいだった。ブログをはじめてしばらくすると、東京のお出かけ記事カテゴリーが成長し、旅行記事も書くようになり、結果的に旅行記ブロガーになっていったのだった。

 今はカメラもOLYMPUS PENにグレードアップし、連載の企画で西アフリカにまで出かけるようになったが、目的のないお散歩はめっきり少なくなった。

4. 本の森に分け入る

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 池袋東口に戻ってきた。今、わたしが池袋を訪れる目的は、たいていこのジュンク堂書店池袋本店に来るためだ。住んでいる街の近くにも別のジュンク堂があるが、地下1階から地上9階まで回遊しつつ、自分がまだ知らない世界のコアな本を見てまわる楽しさはよそでは味わえない。

 月曜から土曜は23時まで営業しているので、仕事帰りに寄ってもいい。実際、わたしはちょっと気持ちがすさんだとき、圧倒的な知識の奔流や、繊細な装丁や、世界の奇妙な生きもの情報などで脳を満たしたくなってここに駆け込むことがけっこうある。

 特に理工書フロアがとんでもなく充実していて、グッズの販売にも力を入れている。わたしも2014年に昆虫の本を書いたことがきっかけで、トークやフェアに関わらせてもらった。

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 買い込んでしまった本を今すぐ開ける場所も、池袋にはたくさんある。ジュンク堂書店の中にも買った本を読めるテラス付きのカフェスペース「MJブックカフェ」があるし、ジュンク堂の横の道を入ったところにある「cafe pause」もすてきなお店だ。

cafe pause

 ジュンク堂の裏手のエリアには穴場っぽい飲食店がどんどんできているようで、今後さらに開拓していきたいところだ。

5. 路地裏のギャラリー

 冬晴れの日とはいえ、夕方になるにつれてどんどん寒くなってきた。日が落ちる前に、目白方面にかけて点在するギャラリーや雑貨店に向かうことにする。

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 池袋と目白のちょうど間の住宅街にある、自由学園明日館。フランク・ロイド・ライトと遠藤新の共同設計によるものだ。

自由学園明日館

 自由学園の校舎として建てられたものだが、学校法人が久留米に移転したあとも、重要文化財として保存されている。講堂は、結婚式場やイベント会場としても使用されているようだ(2016年1月現在、耐震補強工事のために講堂は休館中。完成予定は2017年3月とのこと)。実は、いつかここでイベントを開催してみたいなと思っている。柔らかい日差しの入る講堂で、昆虫研究者によるキレッキレのお話を聞く会などをやったら、きっと楽しいと思うのだ。

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 明日館のすぐ近くには、小さなブックギャラリー「ポポタム」がある。古本とアートグッズの販売のほか、奥のギャラリースペースではおよそ2週間ごとに展示を行っている。

ブックギャラリーポポタム

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 さらに5分ほど歩いて目白駅前に向かい、行ったことはないが前から気になっていた「貝の小鳥」へ。古い絵本とおもちゃのお店だ。

貝の小鳥
 
 福音館書店の小学生向けの月刊科学雑誌「たくさんのふしぎ」のバックナンバーが充実していて、思わずマダガスカルのバオバブについて扱った号を買ってしまった。小学生向けの雑誌だが、大人が読んでももちろん面白い。

 目白駅前に出ると、すっかり日が暮れていた。

6. これからの街と、これから好きになる街

 10年がたってじっくり歩いてみた池袋は、今も圧倒的に「落ち着く」街だった。駅前のデパートなどを利用している限りは騒がしいイメージだが、数分歩くだけで驚くほど静かな、緑の多いポケットのような場所がたくさんある。

 わたしがはじめて不特定多数の人に向けてブログを書きはじめたのも、池袋にいたときのことだ。最初は何を書いていいか分からず、テキストサイトの真似事をしていた。当時書いていたものを読み返すと、そのころの鬱屈が伝わってくる。大学も法律の勉強も好きじゃないし、かといってすごく好きなものがあるわけでもない、お金もないから遊べない、でも世の中や対人関係では許せないことがとにかく多くて何か言いたい、でも何か言って中身のなさが周囲にバレるのは怖い。そんなことばかり考えていた。

 そんな鬱屈ブログのなかで、なんとなくものになっていったのが街歩きのコンテンツだ。あてのない散歩から、より人に見てもらえるものを求めて出歩くようになっていった。長大な旅行記を書くようになり、出版社から声をかけてもらって本を出したりして、気がつけばだいぶ生きやすくなっていた。

 歩いて行ける距離に、買い物だけならほかの街に行く気がしなくなるぐらいの大型店舗がそろっている。圧倒的な異国を味わえるお店や、知の殿堂のような日本屈指の書店もある。あまり洗練されていないのも、田舎出身のわたしには気楽だった。たくさん歩いて人波に疲れたときは、ほっとするような静かな路地や緑が広がる逃げ場所もたくさん用意されていた。デパートのぽっかり開けた屋上の空も好きだった。

 便利さや喧騒の後ろに、人を休ませる奥行きを備えた街。歩けば歩くほど、好きな場所が増えていった。いろいろと不安な時期のなかで、池袋はわたしにはじめて「住む街を好きになる」ことを教えてくれた場所だったような気がする。


 もちろん、街はどんどん変わっていくものだ。池袋駅の乗降者数は新宿駅に次いで国内第2位でありながら、池袋駅前にしか人が流れないという状況があった。豊島区庁舎の移転をはじめとする再開発で、駅の周縁部はもっと活性化していくといわれている。おそらくその過程で、わたしの好きだった場所はいくつか消えていき、また別の場所が生まれていくのだろう。

 家を買ったので、春からはまた別の街で暮らすことになる。池袋ほどの大都会ではないが、池袋を好きになったように、その街のこともだんだん好きになっていければいいなと思う。

 

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著者:メレ山メレ子 (id:mereco)

メレ山メレ子

1983年、大分県別府市生まれ。平日は会社員として勤務。旅ブログ「メレンゲが腐るほど恋したい」にて青森のイカ焼き屋で飼われていた珍しい顔の秋田犬を「わさお」と名づけて紹介したところ、映画で主演するほどのスター犬になってしまう事件に見舞われた。やがて旅先で出会う虫の魅力に目ざめ、虫に関する連載や寄稿を行う。2012年から、昆虫研究者やアーティストが集う新感覚昆虫イベント「昆虫大学」の企画・運営を手がける。著書に『メレンゲが腐るほど旅したい メレ子の日本おでかけ日記』(スペースシャワーネットワーク)、『ときめき昆虫学』(イースト・プレス)がある。現在、亜紀書房のウェブマガジン「あき地」にて、旅と死をテーマとした連載「メメントモリ・ジャーニー」を連載中。

編集:はてな編集部