歩いて通える行きつけのお店には「惜福」が宿る ~代田に暮らし、下北沢、渋谷近辺を楽しむ~

著: 奥野 大児 

独り酒って、どうしてするのでしょう。料理やお酒に集中したいから?気兼ねなく飲みたいから?人付き合いが苦手だから?

45歳の僕は、20代のころから独り酒が好きでした。値段が高いから良い店とは限らないことを今の僕は知っているけれど、当時の僕は1回3000円の飲みを3回やるなら、1回9000円の飲みを1回やるほうが絶対に良い、という考えでした。

そんな考え方をしていた僕は、自然に独りでお酒を飲むことが多くなります。会社の同僚などはやっぱりリーズナブルなお店で楽しく飲むことを好んでいたし、それを否定することはしないけれど参加もしない。そんなスタンスを気取った若造でした。

「独り飲みができるのって格好いい」

そんなふうに思っていたのかもしれませんね。

でも、今の僕は昔あこがれてた、そんな独り酒じゃなくって。

自分なりの理想をもってお酒を飲んでいるうちに、いつしか独りで飲みに行くことに慣れ、その気軽さが楽しくなっていきました。いつのころからか、求めるものが格好良さから気軽さ・楽しさに変化していったんです。

歩いて帰ることができる店にオアシスを求める

独り酒を続けていると「お気に入り」の店ができるものです。帰巣本能が強かった僕は好きな店のなかでも、頑張れば歩いて家に帰ることができるエリアの店で飲むことが多くなりました。

世田谷区代田に住み、渋谷方面の移動が多かった僕は、自然と井の頭線の下北沢~渋谷近辺でほっとできるお店を求めるようになりました。たとえ終電を逃しても徒歩40分で帰れる。タクシーに乗っても2000円。大好きなお店に通って酔い覚ましがてら歩いて帰るのも、なかなか乙なものなのです。

神泉で角打ちができる酒屋さん「平野屋酒店」

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渋谷の隣駅の神泉は渋谷から歩いても10分とかからない近い距離にあります。昔は華やかな街だったそうですが、今はおいしいお店がたくさん並んでいる、渋谷では満足できない人がちょっと足を延ばす場所にもなっている気がします。

グルメなお店もたくさんあるなか、家でお酒を飲みたい人のために、お酒を買って帰れる酒屋さんが何軒かあります。その一つが「平野屋酒店」さん。渋谷から歩いて帰るときに見つけたお店でした。

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先代までは普通の酒屋さんだったそうですが、当代の主人になって、店内でもお酒を飲めるようになった神泉の酒屋さんです。

世界のクラフトビールが常に多数用意されており、酒屋さんの冷蔵庫からレジに持って行くと、そこでグラスにお酒を注いでくれます。1杯ごと、おつまみも注文ごとに支払うキャッシュオンの仕組みは予算を限った「ちょっと一杯」にも最適。

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ご近所の方の配達に応じていたり、自宅で飲むために購入して帰るお客さんも居たり、渋谷の隣駅の酒屋さんは飲みに来る客だけでなく、地域の客にも優しい一面を見せてくれます。

海外ビール好きの店主は定期的に海外にも出かけており、その遠征話を聞きながらグラスを傾けるひとときは至福。

一人で飲んでいるけれど独りじゃない。

そんな気分をじわりと感じられる神泉の良店です。渋谷の隣駅ながら住宅地に近いところにある立地からか、あくせくする人があまり入ってきません。時間がゆっくり流れているように感じます。

「4パイントの人」で覚えられた下北沢のビアバー「うしとら」

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その日はどうしてもある銘柄のビールが飲みたかったんです。三軒茶屋から自宅に帰る道すがら、どこかにその銘柄が飲めるお店がないか、必死にネットで検索していました。

そこで見つけたのが、下北沢のビアバー「うしとら」です。豊富な世界のクラフトビールが飲め、料理もおいしく、スタッフも気さくな人気店です。

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ヨーロッパやアメリカにおけるクラフトビール(地ビール)の容積の単位は「パイント」です。アメリカの液量で1パイントはおよそ470ml。ビールの大きな缶よりやや少ない、という量です。

初めて行ったその日、ビールが飲みたくて仕方なかった僕はカウンターに座るやいなや1パイントのビールをオーダー。おつまみも食べつつ1時間で飲んだビールは合計4パイントにもなりました。

そのとき、カウンターの中の店長さんから「お客さん、よく飲むねえ」と驚かれたのですが、何度か通って名前を覚えられてからも、名前でなく「時速4パイントの男」というあだ名をちょうだいして、呼ばれるようになりました。

良いビアバーというのはカウンターの中の人も気が利いていて、今日は放っておいてほしいという雰囲気を出せば話しかけずにいてくれるし、ちょっと人恋しいんだよねという空気を見せると適度に話しかけたりしてくれるものです。

うしとらさんにはそんな見えない心遣いをいただきつつ、終電もうんと過ぎた2時、3時まで飲ませていただくこともありました。

下北沢という街は駅を中心に、北・東・南にお店が多く並びます。その商店街を抜けたところ、もしくは西側はあっという間に住宅地になり、深夜の下北沢は営業を終えた飲食店経営者や少しの地元人が飲むちょっとした社交場風な場所になることもあるんですね。

下北沢から徒歩で帰宅できる代田に住んでいるぼくは、演劇の町・下北沢の時間帯が終了したあとの少し落ち着いた時間帯に、その日に必要なだけ話をするために寄るのが楽しくなってしまっています。

最近はお酒の量も少し減って、

「奥野さん、全然4パイント飲まないじゃない!」

とおしかりを受けますけれど。会話の量を心得てくれる店を知っていると、帰宅前の疲れが少しだけ取れたりするものです。

代田の「しも庵」での再会

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歩いて行ける距離に大好きなお店があることのメリットは、終電を逃しても帰ることができるだけではありません。

とりわけ翌日が休みの場合、終電もしくは徒歩でそのお店に行き、歩いて帰るという選択肢があることです。ひとっ風呂浴びて寝しなの一杯を外に求める。こんな心の贅沢も、徒歩圏内で独り飲みができるからこそ。

かつて、下北沢にあった料理とお酒のマッチが素晴らしいお店「安寅゛(あんどら)」がありました。男性二人組の経営だったのですが、いつの日かお店が閉店してしまっていました。お酒の飲み方も教えてもらった店で料理もおいしくって、閉店はとても残念だったけれど、その後の事も分からずに時を過ごしてしまいました。

ある日。

深夜の代田の街を歩いているとふとお店らしい場所があるのに気づきました。よく見ないと看板があることも分からないし、道路に面した窓はぎりぎりのぞき見られるくらいしかスペースが無い。

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いや、この店は怪しい、何の店かも分からない。ぼったくりにあったらどうしよう。

そんなことも頭をよぎりましたが、よく考えたら住宅街にぼったくり店があるわけがありません。思い切って扉を開け「いらっしゃいませ!」の声がするほうを向くと、そこに居たのは無くなった安寅゛(あんどら)で調理を担当していた方だったのです。

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何年ぶりだったでしょうか。独創的なおいしい料理を次々に味わえた30代のころに戻ったような懐かしさがあふれてきました。

当時は奥の厨房で調理をしていた彼でしたが、今はカウンターで接客もしながら料理もしながら、お酒も勧めてくれます。

「下北沢の店より家から近くなったんですよ」

そんな話をしながら彼の勧めるお酒を楽しんでいます。

このお店の日本酒の勧め方はちょっと独特。今注文中、もしくは食事中の食材にあう日本酒を数種類ピックアップしてくれます。その中から選ぶと、料理とお酒がマッチした状態で楽しめる、というわけ。

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オリジナリティあふれる、しかも家庭的な料理を食べながらそれにぴったりの日本酒を提供してくれる。そんなお店が徒歩圏内にあるという喜びはなにものにも変えられません。

心の荷物を下ろせる場

代田に住んでいて良かったなと思うのは、ちょっと歩けば下北沢へ行けて、渋谷も近いこと。下北沢を中心として歩いて行ける駅も多く、駅の数が多いのでお店の数も多い。

電車に乗って帰らないといけないお店では、終電の時間を気にしてしまい、心の解放には至らなかったりするものです。でも、仕事先でも家庭でもない第3の自分の居場所が徒歩圏内にあると、特別なお出かけ感もなく、リラックスすることができ、心の荷物を下ろしやすくなります。

突っ張って独りで飲みたいと思っていた自分は、いつのころからか心の荷物を下ろすために独りで飲むようになっていました。

歩いて通える、行きつけの店。心の荷物を下ろせる、何も背負わずに過ごせる時間と場所。

自分に与えられた福を一気に取り尽くさないでおくと再度幸運に巡り会える、という惜福の考えを提唱したのは幸田露伴でした。ささやかながらリラックスしたひとときを過ごせる行きつけの店は、僕にとってはまさに惜福。

そんな惜福を得て、また明日、今日より少しだけ良い一日でありますように、と願える「近所の良い店」を、これからも大切にしたいと思っています。

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著者:奥野 大児

奥野 大児

ブロガー・フリーライター。250人ほどが集まる日本最大級のブロガーイベント「ブロガーズフェスティバル」の実行委員長。ライティングはIoTやクラウドサービスの関連記事から食レポ・階段まで様々。趣味は愛好歴35年にもなる将棋でアマ三段。特技は初めていった居酒屋さんで常連のような扱いを受けること。

ブログ:http://www.odaiji.com/blog/ Twitter:https://twitter.com/odaiji