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阿佐ヶ谷から抜け出せない

関東 PICKUP 東京都 阿佐ヶ谷駅

著: 赤祖父 
■阿佐ヶ谷という「谷底」

賃貸暮らしをしている人の多くは、賃貸契約更新のタイミング、職場の異動や転職や収入アップ、結婚といったイベントに合わせて引越しを検討するのではないだろうか。東京の賃貸物件の多くは2年更新なので、ぼくも毎回それに合わせて一応は引越しを検討してみる。が、結局、10年以上阿佐ヶ谷に住み続けている。持ち家や分譲マンションに住むわけでもなく、実家があるわけでもなく、でも阿佐ヶ谷からすっかり抜け出せないで今に至る。自分にとってはまるで「谷底」である。(補足すると、実際にこのあたりは桃園川という川の流れで形成された「浅い谷」だったという由来があるらしい)

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【阿佐ヶ谷を象徴する中杉通りの、約10年前と最近の比較。ケヤキの木の幹が時間の経過を感じさせる】

抜け出せないと言いつつ、実は最初に住んでから2回引越しをしている。具体的には阿佐ヶ谷から阿佐ヶ谷に引越して、次に阿佐ヶ谷から阿佐ヶ谷に引越した。最寄り駅=阿佐ヶ谷のままで今は3件目の物件に住んでいる。

そんな話をすると「阿佐ヶ谷ってそんなに良い街なの?」などと言われたりする。ぼくは趣味で色々な街を散歩しているので東京や近郊には多くの魅力的な街があることもよく知っている。だけど色々見た結果、そのときそのときの自分には、阿佐ヶ谷が一番肌に合っていると分かったのでそういう選択をしてきたのだった。なお阿佐ヶ谷の物件情報はSUUMOなどで常々チェックし続けているため、今や阿佐ヶ谷の物件は外観を見ただけで大体どこにあるか分かるし、気にしている物件については相場も把握している。阿佐ヶ谷限定であればすぐにでも物件仲介業者でバイトに入れると思う。

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【数年前まで残っていた阿佐ヶ谷住宅。現在は分譲マンションに様変わりした】

過去2回の引越しの理由は色々ある。最初の引越しは大学を"無い内定"で卒業しフリーター状態の中で同棲相手と住み始めるために江戸川区から阿佐ヶ谷に来た。当時は引越しにかかるお金などほぼ持ち合わせていなかったので、パソコン屋でバイトしていた地の利と目利きを活かして安く買っていたノートPCやモバイル端末、デジカメといったデジタル機器コレクションを断腸の思いで売却して資金をつくった。引越しも赤帽のオジサンと二人ですべて運び、軽トラックの助手席に乗って移動した。どんな会話をしたのかも覚えていないが、すべての仕事が終わった後に「昼食代に」と代金と別になけなしの1000円を渡したが、よくよく考えたら景気付けという意味では最初に渡したほうが良かったのでは……(別にそのオジサンがサボってたわけではないが)と後悔したのを今でも覚えている。

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【阿佐ヶ谷の最大のイベントは、秋のジャズストリートと夏の七夕まつりだ。このときばかりは沢山の人が阿佐ヶ谷を訪れる。普段のパールセンター商店街は適度な賑わいで買い物はしやすい】

次に引越したのは婚約者と住むためだった。元に住んでいた部屋から徒歩5分のところにある、より広い部屋に引越した。(なおたった5分の距離でも引越業者の値段には大して影響しなかったことを付け加えておきたい。)

ぼくも相手も当時いわゆる適齢期にさしかかり、また自分も大学院を経てきちんと就職、出世して少し給料も上がったころだった。(実は、前の部屋の管理会社とは退去時の現状復旧のための敷引きの見積り内容が酷く、なんやかんや言いがかりに近いかたちで全額取られそうになったので、少額訴訟を自力で起こして敷金を取り返した。相当面倒ではあったが今ではいい経験だったと感じる。)

そして今住んでいる物件は、妻と息子と3人で暮らしている。子どもが生まれたことで騒音問題なども気になって、ファミリー層が中心の物件に引越した。ちなみにこれらの引越しに伴う連れ合いの女性については対外的な呼び方は変わったがいずれも同じ相手である。家庭をもち、家族も増えた。こんな風に少しずつだが大きな生活の変化も、阿佐ヶ谷という街は受け止めてくれている。

結婚式も阿佐ヶ谷の神明宮という神社で家族だけで執り行った。メガネもメイドバイ阿佐ヶ谷の『東京オプチカル』製をずっと愛用している。そんなつもりもなかったが、端から見たらぼくは完全に阿佐ヶ谷大好きっ子だ。(余談だが、ここでは「阿佐ヶ谷」で統一しているが「阿佐ヶ谷」「阿佐谷」「阿佐ケ谷」の表記をキチンと使い分けられたら阿佐ヶ谷をちゃんと知ってるな、と一目置かれるだろう。)

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【10年前にはパールセンター商店街にあった電器屋。野球やサッカーなどのときは(皆家にテレビがあるはずなのに)街頭に人が集まって皆で観戦する様子が見られた。今は居酒屋になっている】

■阿佐ヶ谷の魅力は何だ
ぼくが阿佐ヶ谷をこれだけ気に入っている理由はよく分からない。しかし、案外良いところが箇条書きでスラスラ出てくるような相手よりも、具体的な良いところがよく分からない相手ほど長くつき合える、というのは人間関係と同じかもしれない。丁度良い温度感とでも言うのだろうか。ただ阿佐ヶ谷に住んで長いので当然「何が良いの?」と訊かれることもよくあるので、その具体的な答えも3つほど用意しておいてある。

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【種々雑多な飲食店も魅力的。スターロード、一番街、川端通りと駅の南北に飲み屋街も広がっている。10年経過して細部は違えどあまり変化はない】

ひとつ目は、中央線沿線駅の割に人が多すぎないことだ。人が居ないところならいくらでもあるが、この絶妙な「にぎやかだけど落ち着いている」雰囲気は阿佐ヶ谷ならではだと感じている。杉並区にある中央線の駅は高円寺・阿佐ヶ谷・荻窪・西荻窪の4駅だが、このうち荻窪以外は土日は快速が止まらない。あまり慣れてない人は『阿佐ヶ谷Loft A』でのイベントにでも行こうとして一度は間違えてオレンジ色の列車に乗り、この罠にひっかかる。余所から遊びに来る人を少しだけ排除しているような……普段の仕事のコミュニケーションはキチンとしていても、昼食の時だけは社員食堂で一人で食べて、顔見知りがいても「話しかけるなよオーラ」を出すくらいの態度が丁度合っている気がする。なおこれは決してぼく自身のことではない。

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【先日、阿佐ヶ谷Loft Aで自分たちのイベントを開催し登壇する機会があった。阿佐ヶ谷住人としては本望である】

また、阿佐ヶ谷はぼくのように一度住み始めると出ていかない人が多いと不動産屋さんで聞いたことがある。「3路線乗り入れ!新宿まで15分!駅直結デパートあり!」と分かりやすい便利さがある荻窪などは人気があり、住人の回転率も高いが、阿佐ヶ谷と西荻窪は少し様子が違うらしい。特に阿佐ヶ谷はたまたま同棲に丁度良い広さと家賃の物件が多く、そのまま居着いてしまう人も多いとのこと。ぼくはまさにそのパターンであり、同じような“丁度良さ"を感じている人が多いのかもしれない。

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【駅北口にある八百屋の看板猫だったレタス。今はもういない】

ふたつ目は、実は杉並区の区役所をはじめとして24時間営業の郵便局、警察署、税務署といった中心的な公的機能がそろっている点だ。駅近くに総合病院もある。それほど頻繁にお世話になるということでもないが、それでもいざというときは便利だし、特に24時間営業の郵便局には何度もお世話になった。また荻窪のように同駅扱いではないが、一応JR中央・総武線、東京メトロ丸ノ内線の併用が可能である。荒天に強い丸ノ内線と、終電が遅い中央線のいいとこ取りで大抵のことでもなければなんとか帰ってこれる。さらには新宿からならタクシーでも3000円程度だ。あとは、実際に何度も使っているが新幹線の始発や羽田空港の国内線始発飛行機にも電車で向かって間に合う範囲なので、ぼくのような旅行好きには便利である。

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【何だかんだで、便利なものはあるに越したことはない】

みっつ目は、商店街、雑多な飲み屋、スポーツジム、24時間スーパー、純喫茶、と基本的に必要なお店は一そろいあり、更に中でもオンリーワンなお店や実験店舗が出てくることだ。阿佐ヶ谷はよく小売店や飲食店の新業態の実験に使われるらしい。新業態として出店された北口の『イトーヨーカドー食品館』は小型かつ多種の食材を品ぞろえていて楽しく、近くにある西友と潰し合わずに皆使い分けている。そばをメインで扱う吉野家やファミレス形式の松屋なども全国に先駆けて阿佐ヶ谷に出店されていたと記憶している(ただし実験ゆえすぐに撤退してしまったが)。

その他、ぼくが愛用しているお店としては、ブランコのある座席と店員さんの制服が人気の純喫茶『gion』、珈琲豆を生豆から焙煎してくれて新鮮なコーヒーを気軽に自宅で楽しめる『ブラウンチップ』、ザ・街の中華屋の『東海楼』、少しだけ個性的な品ぞろえでネット書店だけでは気付けない本を教えてもらうために定期的に通う本屋『書原』、背伸びせずにお土産でなく“自分のために”買う丁寧な味の和菓子が楽しめる『結人』、といった地域密着型でヨソ向けにはそれほど有名ではなくても良質なお店が好きだ。

またヨソ行きの手土産には『うさぎや』のどら焼きがブランド・品質の両面から鑑みても定番であり、これをもし阿佐ヶ谷の住人が手渡してきたら、貴方に本気で喜んで欲しいと思って朝から頑張って調達したのだろう、と汲んでいただけるとうれしい。

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【私的お気に入りのお店。他にも沢山好きなお店はあるが、閉店してしまったところも多い】

■これからの自分とこれからの阿佐ヶ谷
今回使っている写真のうちペアになった数組は、大体10年前に撮ったものに対比する意味で改めて同じ場所に立って撮影したものだ。たった10年の間でも、阿佐ヶ谷も少しずつ変化している。そして自分自身や自分を取り巻く環境も少しずつ変化している。もともと感じた“丁度良さ"、そしてその街の変化の波長もまた丁度ぼくの変化にシンクロしていたから、結果的に阿佐ヶ谷に住み続けているのかもしれない。

ところでいま、妻のお腹の中には二人目の子がいる。もうすぐぼくの生活にはまた大きな変化が生じるわけだが、それでも阿佐ヶ谷はぼくたちにシンクロしてくれるのではないか、そのフトコロの深さで受け止めてくれるのではないか、と漠然と感じている。街としての派手さを表に押し出すことはあまりないけど、それでも住んでみたらその「谷底」のようなフトコロの深さと居心地の良さにズルズルとハマる、そんな引力を阿佐ヶ谷という街は持っているなと住人としては思うところだ。

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著者:赤祖父

赤祖父

1980年群馬県生まれ。今年で群馬での時間より東京に住んだ時間が長くなったので東京人を名乗るつもり。真面目なサラリーマン生活をしつつ、三流情報サイト『ハイエナズクラブ』編集をはじめ各種メディア寄稿などもしている。好きな食べ物は納豆ごはんとヨーグルト。好きな飲み物は飲むヨーグルト。

ブログ:http://stranger.x0.com/Twitter:@akasofa