SUUMO Premium 都心で見つけるプレミアムライフ

  • Premium Life 私がこの街を選んだ理由Area Report あの街の魅力を探る
  • Knowledge ナレッジ記事を読む
  • SUUMO Premiun トップ
  • For Rent Selection 賃貸ハイグレードマンションを探す
  • Mansion Selection 新築分譲ハイグレードマンションを探す

10年後、20年後も愛される ヴィンテージ・ マンション 価値保存の法則

協力 ⁄ 渋谷区 ビラ・ビアンカ 1964年竣工

築年数が経っても価値の衰えないヴィンテージ・マンション。
新しい住まいが建ち続ける現代でも、価値を感じるのはなぜだろうか?
あるマンションの物語を紹介します。

「都心に住む」2010年10月号掲載

都心に住む 毎月26日発行
作り手・住み手が思いをバトンタッチ。
新陳代謝しながら価値を持続。

東京オリンピックが行われた年に完成。当時、周辺には高い建物はほとんどなく、オリンピックの競技場がよく見えたという。時代に勢い、空気感をまとった先進的なデザインは今なお色あせない。

作り手の情熱と先見性が生み出した先進住宅

集合住宅といえば同潤会や公団の団地くらいしか存在しなかった1964年に登場した「ビラ・ビアンカ」。通りに突き出るように配置されたコンクリートとガラスの部屋からなるその建物は、驚きと羨望の眼差しを一身に集めたという。「世の中にこんな建物があるんだと強い衝撃を受けました」と話すのは以前10年以上にも渡って管理組合の理事長を務めてきたOさん。

「歌舞伎俳優や歌手、女優といった著名人や文化人をはじめ、ゼネコンや名だたる企業が購入していて一般市民にはとても手の届かないものという印象でした。“いつかあの建物に入りたい”という、聖域のような感じでした。築15年くらい経ってから運よく私は入居することができましたが、当時も今も買いたい人、借りたい人が後を絶たない。“空いたら教えて”と、常に待っている人がいる状態です」

それほど多くの人を引き付けている理由を探りにデベロッパー、興和商事を訪ねてみた。残念ながら一連のビラ・シリーズを企画した元会長・石田鑑三氏は2年前に他界されたが、当時の模型や建築過程の写真、資料をもとに石田氏の思いを伺った。 「“ほかにないものを作るんだ”というのが石田の口癖でした。住宅難ゆえに質より量が優先されていた当時の風潮を嘆き、とにかくいいものを求めていました。意識が常に時代の先を行っている人で、20年、30年先の日本人の暮らしを考えていました」と興和商事の清水厚男さんは語る。

ビラ・ビアンカの計画にあたってはモダンなもの、最高のものを作るという観点から各界のエキスパートを選び、自ら束ねて計画を進めていった。 「設計は若手の気鋭、堀田英二氏、施工は大手ゼネコン、冷暖房と電気設備もそれぞれ別会社に依頼。自ら各エキスパートと直接相談しながらひとつひとつ決めていきました。今だったらこんな分離発注はできないでしょうね。でも石田は非常にこだわりの強い人で、自分の選んだ会社、人と直接話し合わないと気が済まない。建築現場にも毎日足を運び、コンクリート強度から施工状態のチェックまで付きっきり。時代が違うといえばそれまでですが、“工期や採算性ばかり気にしていたらいいものはできない”と言いながら情熱を注いでいましたね。完成すると今度は自ら入居して住み心地を検証していました。デベロッパーの社長が自ら住むなんて、今ではあまり聞きませんよね(笑)」と清水さん。

ページの先頭へ

編集部に届いた管理組合からの手紙

ガラスブロック越しに柔らかに光を伝えるエレベーターホールの明かり取り。内廊下設計も当時は斬新だった。

作り手自らも住んだほどの思い入れは、住み手にも確実に伝わった。
「作り手の気持ちの跡が見えるとでもいうのでしょうかね。どこかでいつも作り手の思いを尊重する気持ちが住人にはありますね。築年数が経った今、不便がないわけではない。でもなんともいえない愛着がありましてね」というOさん。そんなやさしい愛情は管理組合活動もスムーズにしているという。

「世帯数が多くないこともありますが、気心が知れているので管理組合の活動も誘いやすい。以前は管理会社も通さないで直接、管理員、清掃員を雇っていたのでおのずと意識も高まりますよね。分譲、賃貸ともに適度に人の入れ替わりがあるのですが、新しく入ってくる人もこの建物が好きで積極的に選んだ人ばかりなので、理事のなり手を探すのはあまり困りません」。

作り手の思いが強い磁力となり、その情熱は46年経った今もなお多くの人を引き付ける。作り手から住み手、そして新しい住み手へと価値が正しくバトンタッチされ続けている。

ページの先頭へ
取材・文/荒井直子 撮影/石塚元太良