富津市(ふっつし)とは、千葉県の南部に位置する一般市である。
北部沿岸には富津岬が突き出しているのが特徴である。
市名の由来は日本武尊伝説によるものとされている。嵐を静める為に海に投身した弟橘姫の袖が海岸に流れ着いたことに由来する(布流津)。この布流津(ふるつ)が転じて富津になったとされている。
市域には縄文時代・弥生時代からの遺跡が数多く分布する。房総半島では古墳時代を通じて古墳が数多く分布しているが、市域では5世紀中頃の内裏塚古墳を頂点とする内裏塚古墳群の存在があり、埴輪や金銅製品などの副葬品が出土している。また、古墳後期の横穴式石室を持つ後期古墳も分布する。
律令制下では上総国天羽郡全域・周淮郡の一部に属する。平安時代後期には、治承・寿永の内乱において治承4年(1180年)に源頼朝が平家方に敗退して安房国へ渡っており、市域にも関係する伝承が残されている。鎌倉時代には称名寺の寺領があり、古戸(富津)の地から年貢の輸送が行われた。戦国期には佐貫城を拠点とする真里谷武田氏や房総へ進出する里見氏が支配した。永禄10年(1567年)には、隣接する君津市との境界にあたる三船山において里見氏と北条氏の合戦が行われた(三船山合戦)。
富津市の引用元:Wikipedia/2009年8月19日時点
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